hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

半身

2018年05月29日 | 散文詩
テムズ川の畔で 学生の漕ぐボートを眺めていた
イーディス・ホールデンの花芽に気づき
よく見ようとして 足を滑らせた とされる

黄泉の どこまでもつづく黄昏
高い門が開いていたので 自転車を立てかけ
彼女は入っていった

かすかに黄ばんだ光の中
邊り一面 彼女が描いた花が生い茂る
きれぎれの水面が ひんやりと間を漂う

波紋のように淡く交わる 草花の虹の向こう
色のついた指を背に組み歩む 丈高き彼の後ろ姿
草の間に半ば翳り 半ば透け

虹色に滲む 木洩れ日に濡れそぼったまま
水底にゆらめく木蔭から振り向く とじた目の
周りは青く透け 消えゆく渦がたゆたう

がひらかれると 水面が二つ
な景色が くっきりと逆さに沈む
そこに彼女は居らず 花もない

寒々と枝伏し 差し交わす湖面は
ふいに もう二つに割れ 一対は そのまま
一対は低く やや近くに降りてくる

家族で暮らすから 不意に連れて行かれた寄宿学校を抜け出し
チェイニー・ウェンジャックは 七百キロ余りを歩いて
家に帰ろうとしたが 道半ばで斃れ

ポケットの中 ガラスの小の底に マッチが幾つか
凭れ掛かり合い かさかさと囁く 幼き勇者の冷え切った骨のどこか
頽れては また立ち上がる 内なるティーピー空飛ぶカヌー

故郷広大な自然公園内のへ いつものように
釣りに出かけた トム・トムソンカヌーだけが 翌日
遺体は 八日後 湖面を漂っているのが 見つかった

森から湖へ滑空する翼に映る 山鳩色カヌーと別れ
湖に浮かぶ足首に 見慣れぬ釣り糸が丹念に捲かれていた という
トーテム ポールのように透け重なり 風にひび割れて揺れる少年と青年

間の高さで 向き合う彼女のまわりを きれぎれに廻る
水面に揺れる 実る花芽が綻びた その先に芽吹いた花は
半音ずつ下がった不揃い靡かせ

三対のに沈んで浮かぶ
異なる景色を 遙かから
同じ かすかな唱う風が そよぎ抜け

細き木間より 棚引くを伝い ひそやかに
耳の奥で渦巻き 耀う
木霊かすか 素足の裏へ ゆらめき消え残る

遠く風のようなが 耳と耳の間で響み
淡い日差しのように 目の後ろに留まると
透け重なった二人のが 彼女に聴こえてくる

「君が居るのは わかるけど 見えない
 誰か木の上で唱ってる人も 見えない
 どこか ふれてごらんよ

 色が移って 見えるようになるから
 もとの色のところは なくならないから 大丈夫だよ
 トム だ トム・トムソン 絵描き」 チェイニー 家に帰るんだ」

重なっていた かすかなが 二つに別れ
差し伸ばされた 大きな手と小さな手の間に
彼女の手が ちょうど滑り込む

そっと ひらめかせると
と甲にふれる
花びらのように 薄く柔らかい

「イーディス 私も絵描き 家に帰るところ
 枝の花芽を見ていたの 後で描こうと想って」
の奥で 水溜りがゆらめき

空を漂うが ふいに広がり 故郷をわたる風のように響む
それは 故郷を運んでくる 目と耳からのが 息のへ結ばれる
切り立ったのようでもあり 深い谿のようでもある 記憶の源の泉から

「いつか見てみたいな 君の花  「母さんも 気づくといつも 花の中に居た って
 僕には自分が描いた景色しか   僕のまわりには枯れた林しかない
 見えないけど」         とても寒いんだ」

前を往き 導くのでなく 後ろに退き 付き従うのでなく ともに歩む 気づくと
花の中 雲が浮かび 鳥が舞い 水が流れ 草木がそよぐ ひと連なりの永くうねる
輪のに 響き伝わる太古からの息吹 遙かな高みから 地の 海の彼方を越え

水底へ 重なりつづく数多のは 光の間を吹き廻り 言の葉を熾す風を紡ぐ
故國と呼ばれた ハムレット・ゴナシュヴィリ
庭で林檎の木から墜ち 亡くなった

大地にふれる前に 幾重にも巻き集っていた風に 高空へと抱き上げられ
彼はだけになって 空を廻っている と チェイニーは言う
数多の祖先の歌い手 いっぱい居るけど見えない 鳥と虫とともに 星のように

ずっとを聴きながら 故郷へ帰れなかった子らの傍らを歩み
送り届けているのね 励まし 一緒に迷い 育ちながら
もう あなたも帰っていいのよ

あなたがずっと歩いてきた 時の流れの
身を屈め 映じた 生命の
枝には芽が ふくらんでいる ずっと先まで

すべての季節の草と花で 彼女の腕が 生きている緑の橋を掛けると
その周りに 少年の映った時が 光に煌き躍る水面を 風のが吹寄せ 連ね
その先で彼のカヌーが 低い雲の切れ端のように 月の光を湛え 待っている

彼女の腕が 少年を包むように伸びてゆき
風と淡い明るさの中を 押し出されるように少年は進む
振り返ろうとするが 彼女はすべてほどけて

押し寄せる花と葉になり
もう見えない 明るく翳る光と反映の間
かすかな雨のようにがする

目を戻すと 間近な水面に重なりゆく
斃れてから 生まれるまでの 光景の切れ端が
螺旋にうねる 緑の橋の下へ滴り 渦巻き 連なり流れ

橋の終りに 淡く翳った羽のような空色のカヌーが揺れていて
いつからか ずっと一緒に居た若者が
夢のように姿を変える 不思議なを携え待っている

波間に煌き落ち
風のに耳を澄ませながら
が水をきり をひらく

波間の光が眩しく眠くなって ふと目が覚めると
温かなに居て 目の前に 明るく翳った
空と水面を映す 鈍色の羽の色をしたカヌーと 虹色のが波に揺れ

男の人のと女の人の
舳先に透け 風の中の
笑っているように消え

永い夢を見て すっかり忘れてしまった
ように 頭がすっきりし
森の奥で 妹たちが父と母と笑うのが聴こえ

ご飯の いい匂いが漂い
釣竿と見慣れぬ釣り糸に 花のように香る
虹色の魚を入れたを持って 立ち上がる

ふと 甘く爽やかな香りを たどってゆくと
のような 見たこともない
白い花が咲いていた

邊りには 小さな薄紫の明りを灯した花が
伸び上がり かすかな風の 聲明 にそよぎ
いくつも舞っていた

森の奥へと連なる道に
宵闇の奥から届く 遠い昔 遙か彼方
星々の薄明りを 映すように

踵を返し 歩み出す
カヌーが いつまでも揺れ
花の香りが 風に棚引き

が遠く かすかに響いていて 細い月が
明星を二つ連れ 明るさの仄かに残る 空に
穏やかに 白く耀う

しだいに低くなる 音色
亡くなった 生まれてなかった これから生まれる
生まれても 身体の奥に 鎖されたまま の

数多のが 苦しみを癒やし
へ渡る風に変える 音階をくりかえし
あなたのに降り來る

邊りに満ちる生命を想い
温かな涙と微笑みに耳を澄まし
あなたは手を差し延べ 黙し 唱い 和す


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オディロン・ルドン Odilon Redon(1840 - 1916) オフィーリア Ophelia c.1903
1903年頃 パステル・紙 pastel on paper 19.5×26.2cm 個人蔵 Private Collection



Kate Bush - And Dream of Sheep       

イーディス・ホールデン Edith Holden (26 September 1871 – 15 March 1920)



William Butler Yeats - Down by the Sally Gardens(by Alfred Deller

イーディス・ホールデン Edith Holden 八月 August(スコットランド の
アカライチョウ)(Red Grouse in Scotland) カントリー・ダイアリー
The Country Diary of an Edwardian Lady (Nature Notes for 1906 年)






Fryderyk Chopin - Etude Op.25 No.5(by Vladimir Horowitz

イーディス・ホールデン Edith Holden 冬の木の実 / イボタノキローズ・ヒップ
サンザシ Winter berries / Privet , Hips and Haws  カントリー・ダイアリー
The Country Diary of an Edwardian Lady (Nature Notes for 1906 年)



Komitas - Six Dances for piano(by Hayk Melikyan
イーディス・ホールデン Edith Holden 「葉を落した茨の中に / 陽気なミソサザイ /
岩から / 下がる氷柱が雫を滴らせ / 彼女の永の棲み処に注ぎ込んで / 欠片が彼女の風切羽に遍く
降り注いでも / ミソサザイは軽やかに飛び / そこら中に雨と跳ね散らかして / 翼の上で歌う」/
ジェイムズ・グレアム "Amid the leafless thorn / the merry Wren,/ When icicles
hang dripping / from the rock,/ Pipes her perennial lay; / Even when the flakes /
Broad on her pinions fall,/ She lightly flies,/ Athwart the shower / and sings
upon the wing" / James Graham. ミソサザイヨーロッパ カヤクグリ Wren
(Sylvia troglodytes)
and Hedge Sparrow(accentor modulares) カントリー
・ダイアリー The Country Diary of an Edwardian Lady (Nature Notes for 1906 年)













Navajo Healing Song(by the Navajo & the Sioux)

Alan Vernon The Bottom Figure on the Pole-of-the-Wolf Totem in Gitwangak, BC.
The earliest known photo of this pole was taken by J. O. Dwyer in 1899
- over 110 years ago. This figure shows the Bear-Mother, Xpisunt,
the mythic ancestress who is holding a bear cub in her arms.



山鳩色 Dove Grey         Edmar Castaneda - Jesus de Nazareth   




Roo Panes - Lullaby Love         

トム・トムソン Tom Thomson(5 August 1877 – 8 July 1917)



トム・トムソン Tom Thomson カヌー湖 Canoe Lake   
Spring 1914 年 春 油彩・板 Oil on wood 21.5 × 26.6 cm   



Alexei Stanchinsky(21 March 1888 – 6 October 1914)  
山鳩色 Dove Grey            -  Prelude in the Lydian Mode