hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

螺旋 階段

2016年03月22日 | 散文詩
心臓が
階段を 踏み外す ようになった

寝入り端や 起きしな
息を吐き 吸う
までの間に

そんなところに 階段が
いつからできて どこへか通じ

なにをか探し どこへか行こうと
上っている かと思えば 下っている

青い 時の薄暗がりへ かけ渡された
赤く 透きとおった 毛細管

音もなく 風が 渦巻き
内を 吹き抜け 外を かけり過ぐ

だれも 見ていない とき
光が 完全に 失われゆく
前に

石屑を運ぶ人は 黄昏の
瓦礫に とけ

白い杖に 被く
翳も 宵闇に消え

震え 細まりゆく 神経叢の
てっぺんの踊り場では

屋上を 囲う塀の 段差の前で
赤い鉄柵が かすかに
左へと きしみ開かれている

崩れ落ち
抜けた天井から 暮れなずむ空が
粉塵の こびりついた 蒼ざめた頬を
のぞかせ

途切れ 境界の なくなった
遙か昔への 狭間に漂い浮かぶ
頭を めぐらす と

時の眼差しの 螺旋階段へ
吸い込まれ
どこまでも 落ちてゆく

エッシャー M. C. Escher Relativity 1953 Lithograph 29.4 × 28.2 cm

ここは ネムルト どこまでも
砕石を 積み上げ いつまでも
崩れつづける 賽の山河

掘り起こす
ことのできぬ 墓 眠る
岐神 守り立つ 扉 とこしへに

埋もれゆく
いつか 浮かび上がる
とき まで

うな垂れ 俯いていても
目の前だけを 見据えていても
ひらかぬ扉

遠くまで ゆるやかに 見晴るかす
かすかな鼓動の 隙間から

天空の 微笑みが
視野の隅を ひっそりと そよがせ

ふと どこかを
登っていた はずなのに
いつの間にか 降りている

エッシャー M. C. Escher Waterfall 1961 Lithograph 30.0 × 38.0 cm

いそぎんちゃく の ゆらめき咲く
天気のいい 海底で
あなたは 洗濯物を干す

昆布の植わった 棚田が遠く近く
遙かに 霞み ゆらめく
円形劇場の 囲む ここは

カルタゴ いつしか骨に なり 二つに
ぶれた チトール の 勝利の塔が
たどり着く 新しき町 いつまでも

時の 無言劇が 昔も今も
外も内も どこまでも
同じ速さで まわる 銀河の

二重の星の塔から ア・バオ・ア・クゥー
瀧になって 落ちて来る
水車は まわらない

上るたび 下りるたび
まわる
のは 階段

インド の チトール に ある 「勝利の塔」 1872年 撮影
ディードー は 忘れない 忘れる
ことを どこまでも 白く
洗い流され いつまでも 風に
はためく 衣

てっぺんの
手前に
戻る道が ある

水は そこで 落ちるため
時の視線で できた 階段を
上る

いそぎんちゃく の 庭へ行く 扉の
前の 塀に 両肘で凭れ 瀧を見上げる
あなたの夫

だったり 息子だったりする姿と いそぎんちゃく
に 飛沫が かかり ふたたび 目を開けると
あなたの息子

だったり 夫だったりする姿は いそぎんちゃく
の 待つ 中へ消え ちょうど扉が
締まったところ

小雨明るき 空 巻き昇る 栄螺堂
三つ色めぐる 傘二つ

背負ひ ポルチコプロティロ ふうの
入り口で 白耳義 独逸 の 国の旗 色
黒地に 赤い舌 出す 黄金の 獅子なる

ブラバント公 の 紋章 色の 二つ傘
ブータン シボリ アゲハ くわえんと

前から見れば 遠野の しし鹿
後ろから見れば バリの 聖獣バロン

右から視れば タコブネ
左から視れば カイダコ

上から観れば 鏡獅子 (18:00 ~)
下から観れば 子獅鏡

中から看れば オウムガイ
外から看れば アンモナイト

黒赤黄金 花蝶に戯 栄螺堂     くろ あか きん かてふ に たはむ さゞゐ だう
螺旋に鏡 しし踊り 螺         らせん に かゞみ しし をどり にし

 
ブータン シボリ アゲハ                 ブラバント公の紋章

内を 渦巻き 昇る
自らを 外より 伝い
降り 覆い いつまでも

内より 外から どこまでも
きらめき からまり つかず
離れず ほどけ ゆらめき

ベルツォーニ が 聴いた
砂の はるか底からの 風の唸りは
アスワン・ハイ・ダム 建設のため

刻まれ 移される 前の
アブ・シンベル 神殿 から
時の呼び声と なり

チンボラソ の 雪の穹窿の
橋の上で よろめき たたずむ
フンボルトボンプラン の 内耳へ 谺する

地表から 最も高く天空へ 聳え立っているのは
エヴェレスト
中心核から 最も遠く宇宙へ 突き出しているのは
チンボラソ

フンボルトボンプランチンボラソ
マロリーアーヴィンエヴェレスト

薄い大気の中 初めて
その頂き 間近まで 歩み入った

そこは 時の二重螺旋の 入り口
前庭へ拡がる 事象の地平面 より
先へ行くものは 戻って來られぬ

独りでは たどり着けず
そこで 道は 裏返る
メビウスの輪 から クラインの壺 へと

道が メビウスの輪 に なりかけても
滑らず 転がらず
頂が クラインの壺 に 見えても
落ちず ひきずり込まれず

離れつつ 互いを
ひっぱり合いながら
二人共 でなければ
戻って來られぬ

フンボルトボンプラン
戻ってきたが
マロリーアーヴィン
戻らなかった

エヴェレスト の 八千 m を 超える 尾根で
化石を 見つけたとき ふいに
空が 晴れ上がり
顔を上げた オデール

頂の下へ 突き出た 大岩
へと 動いていって そこへ取りつく
人影と

そこへと 向かい
動いてゆく 人影を
見た

という
雲が ふたたび
鎖される
までの 間に

それを信じ 深く頷き
ヤング は 言う

どんな斜面にも まず片足を
高い位置に もってゆき

肩を 膝に近づけ 折り曲げた
身体を 起こしながら

美しい曲線を描いて
晴れ晴れと 立ち上がる

迅速で 力強く
滑らかな 動きで マロリー
どんな岩をも 乗り越えてゆく

岩は 乗り越えられるか
頽れてしまう はずだ と

時の眼差しを 覗き込んで
戻って來られたら

三裂 と 息子のハーシェル
名づけたが
発見した 父のハーシェル
四つに分けて 記録

真ん中に 結び目のような
三重星が ある 三裂 星雲

後ろの星が 手前を 照らし
このように 見えている という

向う側から 観たら どう見えるだろう

遠くなると 物は平らに 閉じてゆき
小さく 点になって 消える
時間とは 距離であって

力とは 伝わる こと
伝える こと

言葉も 光も 音も
振動も 波も 記憶も

伝わる ことで
響きが 生まれ
影を 生じ
すべてが 変わる

とどく ひらく つながる

グリューネヴァルト聖アントニウスの火
踏み貫き 三裂 星雲 に 三位 一体の
贖い主の よみかえり を 夢見
戻ったのかもしれぬ

伝えるために


   春の夜の 夢の浮橋 とたえして
    峯に わかるる 横雲の空
藤原 定家 新古今和歌集 三十八

夜明けの雲が 流れてゆく
のが 見える

夢の中から 高空に
ぽっかりと 浮かび出る

言の葉の橋は 途切れても 崩れても
よみかえる インカの 縄橋

その道を つなぐため
その山を 登り
その川を 渡り
命を 伝えるため

伝えられ また編まれ
編み直され 伝えられ

どこか 行き着くことの できぬ
高い 貴い峯の 白い頂に
遠く あなたの 心からの願いが
刻まれている

それは いつか叶う
あなたが 人のため
自らに 背くことなく

諦めることなく 心と力を尽くし
願い求めるなら
伝えるために 願うなら

それが何なのか はっきりと心に描き
言葉に すれば
それは やって來る

いつか
十三億光年の 彼方から でも
いま
ここ へ

言の葉の 橋を渡り
あなたの もとへ