じつは「うつ病」とは全く違う病気だった
「双極性障害(躁うつ病)」
ついに見えてきたその「驚きの原因」
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今日、3月30日は世界双極性障害デー。画家のヴァン・ゴッホが
双極性障害を患っていたという説があり、
彼の誕生日である3月30日に制定されたそうです。
躁状態とうつ状態を繰り返すこの病気、
じつは「うつ病」とは症状も発症のメカニズムも
全く異なる病気だと考えられています。
しかしながら、その正確な診断には時間がかかるなど、
治療に際して多くの問題点があります。
どうすればより良い診断・治療が行えるようになるのでしょうか。
話題の新刊『「心の病」の脳科学』(講談社ブルーバックス)の中から
「双極性障害(躁うつ病)」について、ご紹介しましょう。
*本記事は『 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、
どうすれば治るのか』を一部再編集の上、紹介しています。
【画像】脳!驚きの事実…「後頭葉に隣りあった部位」を破壊すると起こること
「うつ病」と「双極性障害」は全く別の病気
躁状態とうつ状態を繰り返す双極性障害(躁うつ病)は、
100人に1人ほどの高い割合で発症する精神疾患です。
双極性障害の医療に関する大きな問題点は、
正しく診断されるまで平均6~9年と長い年月がかかることです。
双極性障害の多くはうつ状態から発症します。
そのとき精神科を受診しても、 躁状態が現れない段階では、
問診ではうつ病と診断するしかないからです。
双極性障害とうつ病は別の疾患です。
しかも、うつ病で処方される抗うつ薬(とくに三環系抗うつ薬)は、
双極性障害の症状を悪化させてしまいます。
双極性障害と正しく診断されて適切な治療を受ける前に、
うつ状態や躁状態のときの行動で社会的な信用を失い
人生を立て直すことが困難になるケースがあります。
再発を繰り返す人が多い理由
双極性障害は、正しく診断されれば、既存の治療法によって
症状をある程度コントロールすることが可能です。
ところが、治療を止めてしまい
再発を繰り返す人が多いことも、大きな問題です。
なぜ、治療を続けない人が多いのでしょうか。
一つには、ほかの精神疾患と同様に、
発症原因が不明で客観的な診断法もないため、
患者さんは病気を受け入れることが難しいこと。
また、「この薬は、発症原因にこのように作用して
症状を改善します」といった
合理的な説明ができないことも原因でしょう。
双極性障害には、効果が高くても副作用が強い薬があり、
診断や治療に十分納得できないため、
治療を止めてしまう人もいらっしゃいます。
双極性障害の原因に関するさまざまな仮説
私が双極性障害の研究を始めたのは1989年です。
精神科の臨床医として出会った双極性障害の患者さんが、
前日までとても苦しそうなうつ状態だったのに、
一夜明けると躁に転じ、急におしゃべりになりました。
このような明確な変化のある疾患の原因を、
現代の科学技術で解明できないわけがないと思ったのです。
精神疾患の原因としてさまざまな仮説が提唱されてきました。
しかしそれぞれの仮説の検証が不十分な状態です。
双極性障害についても、いくつかの仮説があります。
神経細胞同士の情報伝達に関わるドーパミンや
セロトニンなどが関係しているという説、細胞内の情報伝達に関わる
カルシウム(Ca²⁺)濃度の調整に障害があるという説などです。
原因は「ミトコンドリアの機能障害」?
私はまず、双極性障害の患者さんの脳で
どのような物質が増減しているのか、MRI装置で調べてみました。
するとクレアチンリン酸という物質が減っていました。
それはエネルギー物質ATP(アデノシン三リン酸)の合成に関わる物質です。
ミトコンドリア機能が低下するミトコンドリア病の患者さんでも、
クレアチンリン酸の低下が見られます。
ミトコンドリアは、ATPをつくる細胞小器官です。
細胞核にある約30億塩基対(×2)の核DNAとは別に、
約1万6000塩基対から成るミトコンドリア独自のDNAを持っています。
そのミトコンドリアDNAに変異があると、
ミトコンドリアの機能が低下してミトコンドリア病を発症します。
私は双極性障害の患者さんの死後脳を調べて、一部の患者さんの脳で
ミトコンドリアDNAの変異がわずかに起きていることを確かめました。
細胞内のカルシウム濃度の調整に異変あり
ミトコンドリアは、ATP合成だけでなく、
カルシウムによる細胞内の情報伝達にも関わっています。
細胞内は、カルシウム濃度が細胞外の約1万分の1という
低い状態に保たれています。ただし、小胞体ではその濃度が高く、
そこからカルシウムを受け取るミトコンドリアも濃度が高い状態です。
小胞体やミトコンドリアから細胞内に
カルシウムが放出されることで、細胞の状態が変化します。
(図【ミトコンドリアは細胞内のカルシウム濃度調整にも関わっている】)。
双極性障害の患者さんの血液の分析により、細胞内のカルシウム濃度が
上昇しやすい傾向があることも報告されていました。
そこで私は、ミトコンドリア機能障害により
カルシウム濃度の調整が障害され双極性障害が発症するという
「ミトコンドリア機能障害」仮説を提唱しました。
今から20年以上前、2000年のことです。
すると、海外の研究者がミトコンドリア病の患者さんの
精神医学的な評価をする研究を行い、
患者さんの2割が双極性障害を併発していることを報告しました。
ミトコンドリア機能障害仮説を裏付けるデータです。
世界初、「うつ状態を繰り返す」マウス
2001年、私は理化学研究所に研究チームを立ち上げ、
ミトコンドリア機能障害と双極性障害の因果関係を検証する
基礎研究を進めました。そのために、脳だけで
ミトコンドリア機能障害が起きる双極性障害の
モデルマウスをつくることにしました。
苦労してようやくつくることのできた
世界初の双極性障害のモデルマウスで実験を重ね、
ミトコンドリア機能障害と双極性障害には因果関係がある
ことを証明できたと、いったんは納得しました。
しかし、あらためて考え直してみると、
ミトコンドリア機能障害が関係する病気はさまざまです。
ミトコンドリア機能障害が、
インスリンをつくる細胞で起きると糖尿病となり、
黒質(こくしつ)という脳領域でドーパミンをつくる
神経細胞で起きるとパーキンソン病になります。
結局、脳のどの領域のどの細胞にミトコンドリア機能障害が起きると
双極性障害になるかが重要であることに気が付きました。
双極性障害は、脳のどの部位で変異が起きているのか
そこで、私たちがつくった双極性障害モデルマウスの脳の
どこでミトコンドリアDNAの変異がたくさん起きているのかを
調べることにしました。それを調べる方法を数年がかりで開発し、
直径1センチメートルほどのマウスの脳の切片を
約400枚の小片に分けて、各小片からDNAを抽出して
ミトコンドリアDNAの変異を調べました。
すると、視床室傍核(ししょうしつぼうかく)という脳深部で
変異がとくにたくさん起きていることが分かり、
2016年に発表しました
(図【ミトコンドリア DNA の変異が見られた脳部位】)。
この視床室傍核は、それまで脳科学の教科書にも
ほとんど記載されておらず、ヒトの脳ではどこにあるかさえ
はっきりしていなかった部位でした。ここが、双極性障害の原因に
大きく関わっている可能性が出てきたのです。
本書『「心の病」の脳科学』では、その後の研究で見えてきた
双極性障害の原因に関する新たな学説や、
治療薬の新しい知見など、詳しくご紹介しています。
加藤 忠史(順天堂大学大学院 医学研究科 精神・行動科学)