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思いつくままに書くブログ

基本旅行記と日本ハムファイターズの事しか書きません。そして忖度なくものを言う。いいものはいい悪いのは悪いと。

栄枯盛衰な駅 旧北陸本線動橋駅

2024-10-29 06:49:46 | 2024年の旅行記(国内旅行)
敦賀駅に戻り先へ進みます。



13時13分発福井行きに乗ります。



ハピラインカラーの521系2両編成は予想はしていましたが満員、立っている人も多いが私は優先席を確保。座っちゃいけない席ではありませんからね、優先席なんだから。どっちにしろJR時代のこの時間帯の普通列車はかなり空いていた。新幹線の弊害で武生や鯖江に行く人は勿論のこと、福井までなら新幹線が勿体ないと考える人が多いために混んでいて、事実出張客風や観光旅行風の人が多い。2両なんてけち臭いこと言わずに4両でもいいくらいだよ。



福井では改札は出ずに14時13分発福井行きへ。こちらはIRカラーの521系でやっぱり2両。しかしこちらは趣が異なり、新幹線ケチってという層は殆どおらず帰宅の高校生ばかり。さすがに福井~金沢なら新幹線に乗るのでしょう。よって森田・春江あたりで学生は降りて行き、芦原温泉では観光客風も降りてかなり空いた。さすがに普通で15分くらいの距離に新幹線は乗りませんよね。県境を越えて大聖寺から先はIRいしかわ鉄道。なんと無人駅だという。次が目的地の加賀温泉だが、宿の送迎にはちょっと早いのであと1駅進んでみる。



動橋、さっきの大聖寺と合わせて昭和40年代前半までは特急の停車駅争奪戦が繰り広げられていた駅で、最終的にはすべての特急と急行が停まる様になった。寝台特急日本海と急行きたぐには別にして。片山津温泉・山代温泉の玄関口で北陸鉄道の路線が延びてて乗換駅でもあった。





そのためいまでこそ1時間に1本しか列車は来ないが、当時は昭和40年代にして特急や急行が毎時1~2本停車。雷鳥・しらさぎは勿論のこと白鳥まで。だからホームは異様に長い、柵で前後封鎖しているけど。





現在の駅は大聖寺同様に無人だが、当時は金沢局管内で金沢の次に切符の売り上げがあり、昭和40年の段階でみどりの窓口も設置された。全国でも152駅にしか無かった時代だから如何に需要があったのかがわかる。週末になれば京都や大阪までの雷鳥の特急券が多く売れたに違いない。

しかし特急が大聖寺から小松まで頻繁に停車するのはよろしくないので、隣の作見駅が加賀温泉に解消されて特急停車を一本化してからは衰退。北陸鉄道も廃止になり駅前にバスの乗りいれもないとのこと。



駅前に見えるのは郵便局くらい。



駅前通りもかつては賑やかで、土産物屋とか食堂とかあったに違いない。いま近くにあるものは加賀棒茶を有名にした丸八製茶場くらいか。



この写真屋だって往時は旅館と契約して団体写真の撮影の仕事があったに違いない。当時は団体旅行で芸者コンパニオン必須の時代だものね。片山津にはいまもソープが残るし。ということでそろそろ加賀温泉駅へ向かいますか。バス路線があるならここから直接片山津温泉のほうが近いとは思うけど。



加賀温泉駅のIRの改札がなんとこんな簡素に!窓口はなく券売機が1台あるのみ。それでいいのか?以前なかった反対側に駅舎ができて、そっちには窓口あるようだけども、新幹線駅舎と同居が許されなかったのかと。



駅舎はまだ工事中で、おいおい飲食店や土産店ができるようだけど、それまではトイレも無いのは不便な駅。



そんな時は駅横の平和堂に駆け込めば大丈夫、ここで部屋で飲む酒を調達し、宿の送迎車に乗りますが、いったいどこに泊まるのでしょう?



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