何も書くことはないけれどしかし何も書かなければ余計に何も書けなくなると思うので無理やりにでも書いておく。
文章を書くなら何か考えなければいけないけど、何も考えずに体を動かすことも大事だ。なので最近始めたエアロビクス。90分コース。丁度いい感じに汗をかく。筋肉痛にならないのは日頃の運動のたまものだ。自分で好き勝手に動くのではなく、人の動きを見てそれを真似るのは新鮮だ。相手の動きをトレースしようと意識すればするほど、体が自分のものではなくなっていく感じがする。余計な考えが消えていく。他者を内部に取り込むと、自分について考える暇がなくなる。おそらくその瞬間は必要なものなのだ。どうにも動かしがたい自己という邪魔者。それを退けるための特効薬だ。他者を意識することで自身の輪郭がはっきりとしてくる。内部からは見えないもの。異質なものがなければ存在しないものだ。エアロビから話が飛び過ぎた。しかし何かしら書きたい衝動があるのに内容が出てこないのだから仕方ない。内容は気にくわないけど、ひとまず文量を稼いでみよう。
3年間あれば仕事は何とかものになってくる。今の所の実体験だ。それがよほど高度なスキルを必要とするものでない限り、その職場における立ち回りというものが解ってくる。ある程度の問題をクリアしてきている状態なので、まぁ何とかなるだろう、死ぬもんじゃなし、ってな感じの腹の座りができてくるのがこの期間だ。石の上にも3年はあながち間違いじゃない。日々変わり続ける情報化社会において同じところに3年もいる必要ないだろうと言う意見があるならば、騙されたと思ってとりあえずやってみればいい。騙されたと思うから。「騙されたと思って」という表現も随分無責任だ。
このブログもかれこれ5年近く書いているのだろうか。文章力は上がったと確信しているが、もっと投稿のペースを上げてもよかったのではないかと思う。ちゃんと文章にしなければ投稿できない、と変なこだわりがあったのだ。そんなことないのに。地団太踏んでいる暇があったらどんな形でもいいからやってしまえば、積み重ねを増やしておけば何らかの結果が現る。そんな当たり前のことを知らないという愚かさよ。つまりはいい恰好しいなのだ。それは駄目なのに。根本的に気付いていなかった。駄目だねえ。もっと柔らかくてもいい。いい加減でもいい。ただ決めたことは守る。それでいい。
ふわふわして眠い。なんだかんだで仕事が忙しくて休む暇がない。仕事で忙殺なんてあり得ない。仕事の為に死ぬのは駄目です絶対。仕事の為に衝動を踏みにじるのもNGです。衝動のもとで文章を書いているのだから、仕事で疲れてるから何も書かないなんてのもあり得ない訳だ。その場のノリでいいのなら酒を飲みながら書くか。体にいいと聞くから度々飲んでいた赤ワインだが、最後の瓶が無くなってから1ヶ月が経つ。買うか。もっとぐちゃぐちゃになった方が面白いかもしれない。どうせ素面に戻ってくるんだ。もっとぶれぶれしてもいいか、うん。
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