甘い夢は廃れるか、苦いリアルは身を蝕むか、長い日向に焼け落ちるか、本当の夜に気がふれるか、運命は蛇の牙のように鋭利で正確だ、心魂の根元まで食い込んで毒を撒き散らす、存在が痺れて、まなこはありもしない風景を見る、ひととき呆然として、それを眠りだなんておれにはうたえやしない
誰も呼び出せない回線を呼び出し続けているような音が耳の奥で鳴り続けている、どこに繋がろうとしている、誰を呼び出そうとしている?思いつく限りの名前を上げ連ねてみてもまるでそれは的外れに思える、きっとそれは、はじめからどこにも繋がらない回線であり、おれはそれを知っていて鳴らし続けているのだ、こだますら返りはしない場所で
別れを告げる音は一瞬だけれど永遠のように尾を引く、ときにはそれがすべての終わりにまで導いてしまう時だってある、足元は確かか、踏み鳴らして、足に痛みが走るまで踏み鳴らしてみてもそれは確信には変わりはしない、足元の確かさは、物質としてはきっと絶対感じることなど出来ないものなのだ、それがどんなものなのか可能な限りに表現してみるとするなら、それは絶対に終わることのない詩を書き続けることに似ているのだろう
激しい雨が降る、雷を伴う激しい雨が降るって、天気予報は朝から話していた、雨は降ったけれど雷なんて一度も鳴らなかった、おれはそれを楽しみにして一日を過ごしていたのに、大地を揺るがすような轟音なんて一度も鳴らなかったのだ、雷、おれは雷が好きだ、それは世界を切り裂いてくれる気がする、雷、おれはそれが好きだ、それは脳味噌の不具合をいっぺんで吹き飛ばしてくれるような気がする、雷はこの世界で一番ハードな音を出すバスドラムだ、観念的なマグナムの弾丸だ、おれはそれを待っていた、小銭のために道化を演じながら
雷は鳴らなかった、おざなりな雨だけが降った、磨耗したおれはレインコートにくるまってただ雨に濡れながらうちに帰った、玄関は間抜けなおれの姿を見てすこし楽しそうに笑った、おれは何も言わず一度開けた鍵をまた下ろした、世界とおれとの接点がそこで閉じられた、玄関のドアをはさんで、世界はおれの外界となった、おれは世界という概念から完璧な迷子になってほくそ笑んだ、ほくそ笑んだまま汗で汚れた作業着を脱いで浴室に飛び込み、うんざりするほどの湯を浴びながらうんざりするほどの汚れを落した、そんなになるまで働いてもそこらへんの連中に鼻で笑われる程度の金しか稼ぐことは出来はしない、まあ、それはいい、そんなことは
世界なんてどうでも構わない、必要最小限に関わって、あとは知らん顔をしておけばそれでいい、世界と繋がることになんてなんの興味もないし、それを強要してくるやつらは馬鹿だと思うだけだ、おれはおれの生活を面白くしてくれるものが欲しい、さも教養があるかのように政治について話してみたりなんかしたくはない、だいたいにおいておれは必ず政治家よりも政治に関しては無神経だ、たいがいの連中がそうであるように、無知で無神経で蚊帳の外だ、そうじゃないか?政治なんてものはおれたちのためには存在していない、おれはその点をきちんと理解している
テレビを見ながらすこし転寝しようか、目が覚めたらすこし机に向かおうか、それが済んだらすこし本を読もうか、おれはずっとそうやって生きてきた、そうして積み上げられたすこしはおれがおれたる所以となった、そんなことでいい、それ以上の説明は要らない、おれのことなどいくら話したってだれに理解出来るものでもない、理解を求めたことはない、おれはただ自分にこう問いかけているだけさ、おまえは人生を確かに生きているか、おまえの足元は確かか、おまえはくだらない場所に溶け込もうとしていないか、くだらない人間にまともに取り合おうとしていないか、足元の確かさを愛せよ、それを求める心を愛せよ、求め続ける心を、穏やかな夜のために騒ぎ続けるこころを、愛せよ
夜が更け、道を歩く連中の声や足音がまばらになってくるころに雨は止んだ、おれは壊れ始めた椅子に疲れた身体を預けて、やろうと思っていたことはすべてやった、問いかけは繰り返され続ける、おれがおれたる所以、この場所にいる所以、いろいろな場所に立って、たったひとつの場所を見ている、生まれたときからずっと、見張塔からずっと、まだずっと鳴り続ける鼓動に一番近い地点を
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