不定形な文字が空を這う路地裏

真夜中のゲーム


深夜、コインランドリーで、小説を読みながら機械が止まるのを待っている女、彼女がどんな気分かなんてある程度想像はつくけれど、それが正解とは限らない、ただ、夜中にまとめて洗濯をするのが好きなだけの女かもしれない、夜中しか自由時間が無くて、近所迷惑を気にしてランドリーに来ているのかもしれない、あるいは単純に、家に洗濯機がないのかもしれない、まあ実際、徒歩で来ているみたいだし、近所に住んでいるのなら週に一回ここで洗濯した方が楽かもしれない、でも俺がただそんな理由だけで納得出来なかったのは、その女の読んでいる小説がジェイ・マキナニーだったせいかもしれない、でもそれにしたってただの思い過ごしかもしれない、なんにせよ、女に近付いて、こんな夜中に洗濯してるのかい、なんて、気障ったらしい口調で話しかけようなんて思わなかった、暗がりの中でそのランドリーだけがよく見えたから、少し気になったというだけのことだ、女がもしも顔を上げても、俺が道に立っていることさえわからないだろう、この道には外灯というものがほとんどないのだ、そんなわけでコインランドリーの物語はそこで終わり、もう少し歩くことにした、やっと迎えた休日の前夜、ただ眠るには惜しかった、だから、真夜中の通りでもぶらぶら歩いてみようというわけだ、ジャズ喫茶の前を通り、街のど真ん中にある山に沿って歩いた、水子地蔵がずらりと並ぶ前を歩くときには少し寒気がした、そういうものが立っているところは必ず少し温度が下がる、気分的なものかもしれない、オカルティックな理由があるのかもしれない、ただ単純に、石の塊が沢山置いてあるせいかもしれない、どれでもいいし、どれでなくても構わない、ただ俺はそういう場所はとても寒く感じる、と、それだけの話だ、そうだ、この山は墓地だらけだ、深夜の墓地散歩とでも洒落込もうじゃないか、俺は山登りをすることにした、車が通る坂道と、急な階段のどちらにしようかと悩んだが、階段を通ることにした、夜に外を歩くことはあるが、山に登ったことは一度もない、愉快な夜になりそうな気がした、灯りになるようなものは持っていなかったが、月が明るい夜だったので大丈夫だろうと考えた、もしもの時はスマホのライトでも照らせばいい、どれほどの効果があるのかはわからないけれど、土を固め、木で周りを整えた長い階段を登っているうち、なんというか、ここがどこだかわからなくなった、何度も登ったことのある怪談なのに、その日初めて登っているような気がした、奇妙だな、と俺は思った、昼が夜になるだけでこんなに変わるものなのか、それとも、ただこんな時間帯だから肌で感じるものが違うというだけのことなのだろうか、考えてみたところで答えなど出るわけもなかった、解答を手にした司会進行役などここには居ないのだから、奇妙な声の鳥が鳴いていた、レコードの針飛びのような声で、短く、甲高い鳴声の鳥だった。その鳥の名を何と言うのか俺は知らなかった、そんな声で鳴く鳥が本当に居るのかどうかも、ただ、俺がそのことをはっきりと知る必要があるのかどうかという点で考えるなら、答えはノーだった、どうせこの世は、俺にはわからないものだらけなのだ、それが世界というものなのだ、どんな狭い世界だって、すべてを知ることは出来ない、人間はフィジカルにおいてもメンタルにおいても、自分で考えてるほどたいしたもんじゃないのだ、不意に、歌声が聞こえた、女の声だった、さっき、コインランドリーで見た女が頭に浮かんだが、まだ洗濯が終わる時間ではないはずだ、それに、深夜のコインランドリーでジェイ・マキナニーを読んでいるような女が、それから山に登って歌をうたうなど考え難い、綺麗な声だった、優しい声で歌う時のサム・ブラウンみたいな声だった、俺は人魚の歌に引き寄せられる船乗りの如く、その歌声に向かって階段を登った、不思議なことにその歌声は、どんなに近付いてみても歌の主がどこに居るのか突き止められなかった、すぐ近くで聞こえているような気がするし、ずっと遠くで聞こえているようにも思えた、木々に阻まれて、明るい月の光は階段まで届かなかった、なのに不思議とライトを照らす気にならず、黙って階段を登った、頂上にある展望台まで来てみたけれど、女の姿はどこにも見当たらなかった、けれど歌声は確かに聞こえ続けているのだ、いったいどこに居るんだろう?公衆トイレの中や大きな木の裏側にも回ってみたけれど、見つけることは出来なかった、どうも見つかりそうにない、と、諦めると酷い睡魔が襲って来た、たくさん歩いたせいかもしれない、家に帰って眠ることにした、途中の自販機で温かいコーヒーを飲んで、家に帰って寝支度をしてベッドに寝転んだ、その瞬間、スキンヘッドの可愛い女の生首と目が合った、女は見つかっちゃった、と言うように笑った、見つけた、と口にした瞬間、泥のような眠りに落ちていた。


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