不定形な文字が空を這う路地裏

静寂は長い叫びと似ている








名前のない草むらで腐肉をわずかに残した崩れた骨格になった
もとは誰かの所有物だったシェットランドシープドッグの
土塊に染み込んでいったバクテリヤと同数の言葉たち
一二月に梅雨みたいな臭いをさせながらもうすっかり…
下手な塗装のように薄雲がかかる空からは
ヘリコプターの羽音だけがダラダラダラダラ落ちてきて
延髄のあたりをガツガツ小突いて疲弊した身体を苛立たせる
海の近くの管理されてる河の中央には場違いな小島があり
濁った声で鳴く鳥たちが集まって騒いでいる
冬はいつもそっちの方からやって来る
ガソリンスタンドのあたりの歩道の混雑とヒット・ソング
どこかで聞いたことのある違う曲と排気ガスの臭いが混じり合う
だれをどこに向かって走らせるのか?
チェッカーフラッグに飛びつく勇気のないやつらが繰り広げるレースが
台所を駆け抜ける鼠の尻尾を連想させる
十日前に右手人差指の右側面の皮がべろんと剥けてしまって
そいつはいまだに水だの血液だのをじわりと滲ませる
居酒屋のカウンターで酔いつぶれた誰かの寝言みたいな調子で
平穏無事な毎日が一番騒がせるのさ
この身が誰のものでもないような気がして
無感覚の穴に立ったまま落ちていきそうなそんな気がして
終始流し込むカフェインに出来ることなんか意外と限られてるんだ
ちょっと目が冴えたところでそんなもの
ただの作用に過ぎないとしたものさ
そんなことを考えながら午後の仕事を懸命に流した
帰りにぼんやり自転車を走らせていると
いつもいつの間にか忘れられたような道に迷い込む
閉ざされたシャッターが赤く錆びた商店や食事処の並ぶ通り
朝も昼も夜もどんなときでも
すれ違うものがぼんやりとした影になるくらい薄暗くて
古いテレビやらガスコンロがうなだれた人間のように積み上げられ
記されない時を飲み込んでいく
鉄の粉のような風が吹き抜ける裏通り
ここで眠ったり起きたりしていた連中はいったい
どこで何をして毎日を過ごしているだろう?
生まれた場所から離れることは出来ないのか
割れた植木鉢の中で身をこごめている誰かの名前が記されたノート
砂がその表紙に短い詩を書いて遊んでいる
自転車を漕ぎながらいつか俺もそんな場所へ迷い込んで
二度と出てくることが出来なくなるかもしれない
死体が出ない死ならそれは幸せかもしれない
諦めという悲しみしか生み出せないそんな死なら
短い通りを抜けて現実の中へ放り込まれる度に
決して言葉に出来ない何かを思い出す
そんなものを誰に話すつもりで抱えているのか
思い出しても思い出してもそのことだけは思い出せない
赤いシグナルの前で足を止めると
世界を切り裂くようなヘッドライトが数分光の帯を作る
家の手前で立ち寄ったコンビニエンスストアで見た
とある雑誌の表紙を飾っていた男の顔が
あらゆるものの終わりについてあれこれと考えるきっかけになった
人生とはある時から
終わりを見つめていくことの連続になる
確かそれが始まったのは
二十歳そこそこのころだっただろうか?
ひとりひとりまたひとりと席を立ってテーブルを離れていく
俺は時々そこに座っている自分のことを
妙に現実的に認識する瞬間がある
いつか必ずその席を離れなければならない瞬間が来る
そのとき
俺はなにをテーブルに残していくのだろうか?
置いていくものが無くてまごついている夢を見る
苦し紛れにテーブルに詩を書き殴るが
それは拒絶のように燃え尽きてしまう
ひとりひとりまたひとりと席を立って残されたテーブルで
残していくものを持ち合わせていない歯痒さをよく夢に見る
家の鍵を開けると
俺の預かり知らない時間の蓄積が部屋から流れ出して来る
俺は彼らの占拠から部屋を取り戻して
汚れた身体をシャワーで長いこと洗い流す
排水溝へ流れ込んでいく俺のいくつもの喪失は
閉ざされたシャッターが並ぶ通りとよく似ている
ガスコンロに火を灯して
インスタントコーヒーを入れる
決して言葉に出来ない何かを思い出す
そんなものを誰に話すつもりで抱えているのか
思い出しても思い出してもそのことだけは思い出せない

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