割れた銅色の薬品の瓶、その中に在ったものが液体だったのか個体だったのかなんてもはや知る由もない、薄墨を適当にばら撒いたような空、季節は駆け足で冬へと近づいた、動かない柱時計が奏でる、いつかの時を告げる音、所詮人間など、記憶に色を付けて生きるだけの砂時計さ、君よ、君は今、どこに居る?いつだって眠っていないような目をしてた、真っ白だった顔色は少しはマシになったかい?そう、話したいことはたくさんある、けれど俺はもう君のアドレスを失くしてしまったんだ、それが故意だったのかどうかなんてもう思い出せない、本当に思い出せないんだ、狂ったように書き続けた、そしてたぶん本当に少し狂ってしまったんだろう、なのにいままでよりもずっと居心地がいい気がする、おかしいねって、花壇のように笑う君が目に浮かぶようだ、貰った銃の玩具にひとつだけ弾を込めてこめかみに押し付ける、もしも本物の銃が許されていたら、こんな歳まで生きていることもなかっただろう、ほんの少しついてる場所に生まれてきただけのことさ、常に死がチラついていることなんて別に珍しいことなんかじゃない、むしろ周囲の連中が無邪気にはしゃいでいるのを横目で見たいたころの方が危うかった気がするよ、思うにあれは、まだなにも知らないせいだったんだろうな、いつか自分を殺してしまいそうな気がする、いつだってそんなことを考えていたな、でも今も生きていて、なんなら少し老いぼれ始めている、だけどそう、まだ何も困ることなんてないよ、昔よりもずっと、書くことも上手くなったしね…上手くなったっていうか―昔息巻いて書いていたようなことを、コーヒーを飲みながら書くことが出来るようになったとでも言うかな、ともかくそれは俺が凄くまともに歳を取っているということの証拠なんだ、ふと思い立って、薬品の瓶の破片を綺麗に拾い上げて、発掘調査の時にやるみたいに白い布の上に並べてみた、瓶の死体だって君ならそう言うだろう、手のひらをそれの上に翳して、彼らが話す言葉を聞いてみる、それは言語ではない、でも確かに何かが語られている…ねえ、なにが正しくてなにが間違っているかなんて、俺にはもうどうでもいいことなんだ、真実を語ることが出来るのは、止まることなく動き続けている時間だけなのさ、自分がなにかを知っているなんて思うことはすでに自惚れなんだ、そう、そしておそらくは、その実体がなんであれ、どれだけ落として来たのかっていうそれだけの話なのさ、果実のようなものだ、それが上手いか不味いかなんて、やつらには関係のないことだろう?生き残るために実を作り、落とし続けるだけなのさ、そうしないと後にはなにも残らなくなってしまう、もしも君が今も詩を書いているのなら、正しいものを書こうなんて絶対に考えてはいけない、僕らは学問的に優れたものを生み出そうと考えたわけじゃない、そうだね?どれだけ当り前に、自分自身を吐き出すことが出来るかという挑戦なんだ、土が根っこに絡まったままの花束でなければ意味が無いんだ、躊躇していたら追いつけなくなってしまう、イメージはとめどなく溢れ出すんだ、そしてその流れには一度として同じものが無い、地震計のようなものさ、それは振動の記録なんだ、同じことさ、振動の記録なんだ、そうしてそれは、本当は俺自身にとってしか役に立つことが無い代物さ、そしてその効果はあっという間にどこかに行ってしまう、じゃあ俺の詩は誰にとっても意味など無いのかって?いや、まず君は僕じゃない、だからこそ君は俺の詩に、俺が知らない俺を見つけることが出来るんだ、そうだろ?意味などあってないようなものさ、ものの見え方は人間の数だけある、俺の詩を読んで、正しい日本語じゃないなんて感想しか持たないやつだって居るのさ、もうそんなことはどうだっていいんだ、俺に関係のある話じゃない―指先に鈍い痛み、どうやら瓶の破片で切ってしまったらしい、俺は滲んだ血を舐める、生きてることなんて不可解でしかないものじゃないか、たかだか数十年の脳味噌でどんな理屈を考えてみたところで、命の真理になんて近づけやしないんだ、そんなことも理解出来ないやつが世間には多過ぎるよね、くだらない手紙ばかりポストに投げ込まれるんだ、破れた手紙を、壊れた瓶を、捨て置かれた家屋を、俺は恋人のように抱きしめて生きる、それをみんなが俺のポエジーだって言うのさ、それは決して悪い気分じゃない、でも俺は誰かを喜ばせるために書いているわけでもない、書くときに目的なんか持っていたら、俺はとっくに書くことを止めていたかもしれないね、時々そんな風に思うことがあるよ、まあ、実際、そんな話をしてもなんにもならないけどね…ねえ、君の新しい詩のタイトルを教えてくれ、それはもしかしたら俺に新しい効果をもたらすかもしれない。
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