不定形な文字が空を這う路地裏

フラット






きみはずっと、おれにそっぽを向いてなにか、おれたちのこととは関係ないことに躍起になっている、まさか世界はおれを残してすこし構成を変更したのか?そんなふうにしか考えることが出来ない四月の終わり間際だ、スピーカーからはシャムロックが流れていて、そのサウンドは彼らがデビューしてから二十年が過ぎた今でも充分にイカしてる……おれはしかたなくディスプレイに向かって、無関係な世界の動向を確かめる、どこかで、だれかが、死んだ、ムービーの数々、それはいまではいとも簡単に見ることが出来る、幾つかのキーワードで検索をかければ、すぐさ……ときどきおれは、なんでこんなものを見るのが好きなんだろうと考えることがある、どんなものを得たくてこんなものを眺めているのかと……楽しみや、喜びとはまた違う、奇妙な興味とでも呼びたい感覚がそこにはある、むかしだれか、有名なアーティストが言ってた、「恐ろしいものに向かってしまうのは怖がりだからだ」って……おれはなにかを恐れているのか?そんなムービーと果てしなく向き合ってしまうくらい、なにかを恐れているのだろうか?それで、正しいと言えなくもないだろう、実際、恐れていると言ってもかまわないだろう……それはフォーマルとカジュアルの、同じサイズの靴の履き心地に違和感を覚えないような人間なら、この感じを恐れているという枠に入れるかもしれない、じゃあ、仮にそういうことにして話を進めてみようか……それはいつか寝床で見た夢の、忘れられない風景に似ている、あるいは、数年も経って新しく思い出してしまう風景に似ている……思い出すという作業は再構成に似ている、いちどばらばらになったものを拾い合わせて似たようなものに作り上げる、同じものではない、それは決して同じものではない……いちど壊れたものは二度と、同じかたちになることなどない……細かくちぎった写真を拾って貼り合わせるようなものだ、残るべき情報さえ残っていれば、些細な違いは問題には出来ないものだ、写真を貼り合わせることと比べて違いがあるとすれば、あきらかに違う方になっていたって構わないということだ……もちろんそこに納得出来るだけの感触が存在するのならということだけれど



きみはずっとおれにそっぽを向いてなにかおれたちのこととは関係ないことに躍起になっている、それは威嚇か?それとも拒否か?それとも時間稼ぎか?もちろんおれには関係のないことだろう、それはおれにしてみてもそうなのだ、もちろんきみとは違う意味で……おれはリボルバーを取り出して弾を込める、一発あれば構わないはずだが、念のためにもう一発込める、さらに、感情が破裂したときのためにもう一発、そして、その一発で満足出来なかった時のためにさらにもう一発……いつのまにか手の中の弾丸はなくなり、リボルバーは弾の数だけ命を吸ったみたいにずっしりと重くなっている、おれは手の中に汗をかいている、シャムロックはリピートされている、きみが絶対におれの方を見ないことは判っている、きみがこちらに顔を向けなくともおれのしていることを確認出来たりするようなことはない、どこにも、鏡の代わりになるようなものはない、窓のカーテンはすべて閉じられている、大丈夫だ、問題はない、あらゆる可能性について考えた、もう絶対に、失敗することなんてない……おれは音を立てないようにきみの後頭部に狙いをつける、いつかはこの手の中であたたかい温度を放っていたきみの頭部、もうそうじゃないなんてとても残念だ、それはこれから温度を失い、すこしは損傷もして、ソファーの上に転がって二度と思考しない……この生活の終わりを告げるオブジェになる、そうだ、おれは、あらゆる可能性を考慮したのだ、出来る限りのことを……出来る限りのことを考えたのだ……引鉄に指をかける、これで、なにもかも、おしまいだ…………そのとききみがくしゃみをする、そしてこちらを見る、おれは銃を隠す、きみには見られていない……「ああもう」「風邪でも引いたのか?」「花粉かな」「そうか」きみは立ち上がる、「先に寝るわ」「それがいい、あたたかくして…寝るといい」おれは我知らずにっこりとほほ笑む、きみもつられて笑う……きみが寝室に消えてゆくのを見送って、おれはジャケットを着て車に乗り込む、エンジンをかけて、ゆっくりとアクセルを踏む、きみがそんなおれを見下ろしているのが見える、そう、これでなにもかもおしまいなんだ、おれはカー・ラジオをつける、ビリー・ジョエルが歌っていた、タイトルがなにかは判らない、いくつもの曲を聞き流してやがて海岸沿いに出る、海の上にはラッセンが描いたみたいな鮮烈で下品な月が浮かんでいる、おれは車を止める、エンジンを切り、車を降り、波打際に行き、銃を握り、銃口をこめかみに当てる、それは不思議と親密なものに感じる、親密なあたたかさを感じる、風は強いけれど寒いと感じることはない、さっき耳にしたビリー・ジョエルの曲を口笛で吹いてみる、高音がすこしフラットしてしまう、だけど、そんなことは、べつにはじめてというわけじゃない……鼻をすするような小さな音を立てて、波がおれの爪先に触れる、おれは引鉄にかけた指に力を……こめて…………

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