脳髄に寄生して根を張った狂気が頭蓋を穿孔しようとしていた、俺はいつだって自分のことを確かめようとしていたが、確信に至るフィードバックはどこを叩いても得ることが出来ず、諦観の中でただ成り行きを見届けようと考えていた、重要な回路はすでに占拠されていたのかもしれない、アクセスのすべてが捻じ曲げられたみたいにままならなかった、高い均一な金属音が絶え間なく鳴り続けていて、それは人間が次第に炭化していくさまを想像させた、真夜中だった、真夜中のはずだった、いつだってそれが始まるのは真夜中だった、いまがそうでないはずがない、天井の電灯がどうなっているかすら思い出せなかった、まだ消していなかったような気がするけれど、まるで逆のような気もした、確か壁を背にして座っていたような気がする、とても日常的で―ささやかな行動をしようと考えていたような気がする、でも本当にそうだったかと自問してみると、それは昨日考えていたことのような気もした、要するにこの状況について俺が今説明出来ることなどなにもなかったということだ、なにかが床を這っている気がした、実際に音は聞こえてきていた、それもはっきりと誰かが床を這っていると確信出来るほどの距離だった、首を振ってもう一度目を開けてみると四つん這いになって笑っているのは俺だった、何故だ、答えなど無いことはわかっていた、といって、疑問が生じないかといえばそれはまた別の問題なのだ、その矛盾の中で自然発生的に統合されるいくつかのピースがきっと、真実なり真理などと呼ばれる事柄なのだろう、床に投げ出したままになっているカーペットが旨そうに見えたけれど、少なくとも自制出来るだけの自分はまだ保たれていた、俺は床の上に仰向けに横になった、誰もこんなことは望んでいなかった、望んでいないはずだった、俺はここから虫のように叩き潰されて消え失せるのではないかという予感に怯えていた、怯えていたのだった、望んでいたはずがない、俺はもう厭世観の中で馬鹿にはなりたくなかった、だが、なにもままならないと自覚するたびに、どこかでもう何も考えなくてもいいのだというような安堵感を常に感じていた、全く面倒臭い、厄介な代物だ、四つん這いになって這いながら笑っているのは俺だった、部品が欠け落ちた喉から漏れているようなかすれた奇妙な笑い声だった、俺はそれを悲鳴に変えられないかと思った、悲鳴の方が少しはまともに見えるだろうと考えたせいだった、でもそれは上手くいかなかった、アクセスのすべては捻じ曲げられているのだ、何故だろう、と俺は改めて思った、そもそも、脳髄を食らおうとしているこの狂気はいったい何処から生まれて来たのか?どんなに考えてもそれは俺の中から生まれて来たものだという気がした、でなければ俺に対してアクションを起こす理由などないのだ、俺はすべての感情を捨てて、その狂気にどっぷり漬かってみることにした、そう、諦観すらも捨てた、諦観は床の上に転がって小石のような音を立てた、縦横無尽に歪む狂気の流れの中に歪でくすんだ様々な色の塊が見えた、出来る限りほぐしながら眺めてみると、そいつは俺の過去から抽出された感情の集合だった、感情だけで構成されたレコードだ、ほぐしている途中で興味が無くなった、それらはすべて見たことのあるものばかりだったからだ、まだそれが理解出来る程度には俺はまともだった、それから、美しい、完全な円の中でもの凄いスピードで回っている渦を見た、中心は常になにかを吐き出そうとしているみたいに真直ぐになにか煙のようなものが吐き出されていた、俺は声を上げてその中に突っ込んだ、身体がばらばらになりそうな猛烈なスピードの中で、これが本当は正しいのだという気がした、叫びながら渦に巻かれていると中心が次第に近付いてきた、俺はピンボールの玉のように弾かれて飛び上がった、気付くと俺は机の前に腰を掛けて、動体視力の検査でもしているかのようにキーボードを叩き続けていた、詩はもうすぐ出来上がるところだった、俺は渦のスピードを思い出していた、肉体を解体してしまうのかのような猛烈な流れ、俺はそれが欲しくてずっとこんな風に生きてきたのだと、母親のようにその欲望を受け入れた、最後のフレーズを書き終えると俺はその詩を叫んだ、脊髄に響かせるみたいに震えながら叫んだ、その振動は脳天まで届き、脳髄に根を張っていた狂気をぼろぼろに砕いた、そして俺は寝床に居た、さっきまで眠っていたかのように全身の力が抜けていた、上手くやったのかなんてまるでわからなかった、きっとそれはまた始まるし、俺はまた同じようにもがき続けるだろう、天上の照明は消えていた、いつからそうしていたのかまるで思い出せなかった、いつか、と俺は考えた、いつか俺にも、まるでなにも書けなくなる時が来るだろう、その時あの渦は俺を吐き出そうとはせず、その裏側に飲み込んで二度と出て来られないように固く閉じられるだろう。
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