不定形な文字が空を這う路地裏

君よ、空は明るい









シッカロールぶちまけたみたいな目覚め
水泡のような光が
カーテンの隙間でうずくまってる
殴り飛ばすみたいに引き開けると
強姦のような朝日が目の前で睨んでいる
君よ、空は明るい


長袖のシャツで隠した腕には
言うに言われぬ痛みどもの覚え書き
石だらけの海岸を思わせる皮膚が
隠した思いの沈み込む海底へと続いている
君よ、空は明るい


心臓に堆積したハルシオン
五階から飛ぶ夢
血溜りの踊り場
不協和音のワルツ
煤だらけの手すり
君よ、空は明るい


花火大会の夜に
居なくなった人の名前は
塗り潰されたアドレス帳の中
居るような居ないような
不在の在り方が
飲み込めない小骨のように引っかかったまま


ソリストが踊っている
廃墟ビルの屋上で
懐かしい誰かの生首を抱えて
リズムは性急で
だけどあどけなくて
だからこそ惨酷なのだ
君よ、空は明るい


電車は遅れました
駅員たちは努めて無表情に
車両の下に散らばったものを集めていきます
鉄ばさみで、どうしようもないものは
完璧な規則を思わせる白い手袋で
スマートフォンのシャッターが
群衆のあちらこちらで
聞こえる、聞こえる、聞こえる…鳴り続ける
それは彼らにとってはきっとチャンスなのだ
線路は初めての鉄のように濡れながら
その温度を時間を掛けて冷たくする
真夜中に
それがすっかり鉄になる頃に
静かになったホームで微かに泣声が聞こえる


夏はどうしても
水辺から上がれなくなる人たちがいます
空中をヘリが飛んでいると
ああ、またかと思うようになりました
君よ、空は明るい


適当に餌をばら撒いては
寄ってきた野良犬や野良猫を
酷い拷問で殺していた若者が逮捕された
ドラッグのせいで
どぶのような目をしたそいつは
留置場で突然もの凄い悲鳴をあげて死んだとか
考えられないことだが
身体には無数の噛み傷があって
職員たちは静かに祈るしか術がなかったとか


暗渠の真ん中あたりでふやけている
死体のことはまだ誰も知らない
あの子は綺麗な娘だった
あの子は綺麗な娘だった
薄手のワンピースがよく似合っていた
鼻血すら美しかった
俺は夢中だった
夢中だったんだ
君よ、空は明るい


一組の葬列が
飛行機雲のように歩いて行く
蝉の声が鳴り響いて
まるで夢の中のようだ
夏は終わるのだろうか
たくさんの傷を残して
たくさんの叫び声を飲み込んで
僕らはまるで巨大な器で煮込まれてでもいるように
整列した死体を見つめていた
激しい季節には、そうさ
必ず悲しい知らせが届くものだ


その女は少女が着るような着物を着て
道祖神の側でしゃがみ込んでいた
なにかを探しているのかと思ったがそうでもなく
ぼんやりと自分の草履の先を眺めているだけだった
頭がおかしいのかもしれないと思ったが
瞳には意思があり過ぎた
俺は不思議とその女が気になって
一時間近く側に立っていたが
女は俺に興味を示さなかった(あるいは気づかなかったのかもしれない)
が、立ち去ろうとすると
俺の上着の裾を抑えて離さなかった
なので俺はもう一時間立ってみた
どうせ急いでやらなければいけないこともなかったので
もう一度同じことを繰り返して
女が初めて口を開いたのは三時間後だった
すでに日は傾き始めていた
「どうしてそんなにたくさんの死を思うの」と
女は問いかけた
6の開放弦みたいな声だった
どうしてなんて、と俺は答えた
「理由などない、自然とそうなる、光に虫が吸い寄せられるように」
女は悲しそうな顔をした
「あなたは幸せのなりかたを知らないんだわ」
「認めざるを得ない」
「幸せになりたいとは思わない?幸せが羨ましくはない?」
「幸せは無自覚な人間だけが持っている」と、俺は答えた―こいつは誰だ?
「幸せでないことが俺の幸せなのさ」
あなたみたいな人はたくさん居る、と女は困ったように笑った
「みんな幸せであることを愚かだというふうに考える」
「それは良くないことだろうか?」
女は首を横に振る「いけなくはない」
「でもそれはただただ悲しい」
今度は俺が困って見せた
「どうすればいいんだろう?」
「なにもかも諦めるしかないわよね」女は駄洒落でも言うかのように笑いながら話した
そして消えた


踏切の音が聞こえる
特急列車が自慢している
ふたつの灯りははるか先を照らし
そのすべては予定通りだ
それは素晴らしくもあるが
とても愚かしくもある
聖書を真実だと吹聴する
ガラス球のような目をした連中と同じ美徳と穢れだ


君よ、空は明るい
嗚呼、眩しい
水晶体は蒸発して
そこから記憶が噴火する
俺は名前を忘れ
なのに自己紹介を繰り返す
どうかあなただけは
俺のことを忘れてしまわぬよう


君よ、空は明るい

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