不定形な文字が空を這う路地裏

書かなければいけない、ということについては






書かなければいけない、と決められたことには
ギリギリまで、おれは、手を着けることはしない
いよいよ時間がなくなって、おまけに
だらしないあくびが出る頃になって、ようやく、手を着ける
そのほかの時間は、とっておきたいからだ、書かなければいけない、と
決めていることのために


夏休みの、最後の一日が、事もなく過ぎようとしている
二日前の朗読会は、もう、遙か昔の事みたい
おれは、ダラダラとブコウスキーの短編を読みながら、ふと、本棚に、目をやると
女子高生にイタズラをするタコ坊主のそばでたばこを吸う三上と
リンゴの赤がハートに見えるように両手で抱えてコンクリの階段に座ってる尾崎と
クラレンスの肩にもたれながらシリアスとジョークの中間くらいの力加減でテレキャスターのネックをつかんでる髭面のブルース、が
並んで、立てかけられてることに、気付く、それは確かに
おれがしたことに間違いはない
だけど、なんて絵だろう、まるで、レコード・コレクターズの、増刊号みたいな雰囲気じゃないか


そう、厳密に言えば、書かなければならないことなど、ひとつもないのだ、本当は…便宜上必要なものとして、そこにあるだけのことで…


書かなければいけない、と決めたことと決められていることに、ついて、考えながら、おれは、マラソンランナーが遊びで走ってるみたいに一日を流す、窓の外では、いつでも同じ物売りが近所の連中と立ち話をし続けている
ツクツクボーシが長いイントロからおなじみのフレーズを繰り返して飛び去っていく、きっとあいつは進化の過程のどこかでコルトレーンにいかれたことがあるに違いない
八月だぜ、鈍色の蝉が薬莢みたいに路上に転がり始めると、ほんの少し暮れ時が早くなる、眠るときに涼しくなって、目覚めるときに暑くなる、そうして誰もが、なにもかもが終わってしまったみたいな顔をして表を歩くようになる、市営プールの帰りの子供たちでさえもさ


そうして、おれは、技巧的に一日を見送りながら、書かなければいけないことについて考え続けている、その内容は
たぶん、おれが生きていくこととは、ほとんどなんの関係もない
ピエロみたいな連中がやってるように、絶対的な関係性を提示することも、まあ、出来なくは、ないけれど
たぶんおれはこの先もうだうだと生きているだろうし―書こうが書くまいが、きっとそうして生きているだろうし、退屈したらどこかのギャラリーでアホみたいに眉を吊り上げて朗読をするだけだろう、そして喉はすぐにかすれて、建て付けの悪い窓みたいなノイズを生むだろう


おれはもう一度本棚に目をやり、それぞれのスタンスで立てかけられている三人の姿を見る、まあ、悪くない



太陽は、西へ急いでる、東にある、おれの部屋には







もうすぐ、明かりが必要になる

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