不定形な文字が空を這う路地裏

いまだ降る光のレイン







夕月が
悲鳴をあげているような赤
骨の色に似た電柱の上で
闇のようなカラスが羽を休める
よどんだ、生温い空気の
送り主を忘れた鎮魂歌のような始まり


血液は半睡の眼と同じ温度で
ぼろ雑巾の肉体を
つなぎとめるべく駆け巡る
逡巡、という言葉が時折よぎるけれど
命はイズムとはべつのところで生きている
手首を握り締めて生を思い出した


悪い知らせなら明日のポストの中に
ひとつかふたつくらいは届くだろう
良い知らせならこちらがそれを忘れるまで待って
騙し討ちのように着信するだろう
不用意でなければ示唆も無い
馴れてしまったなら首を掻っ切れば良い


三十八度のシャワーが容赦なく降り注ぐ浴室で
肉体という幻想を
肉体という幻想を洗い流す
習慣的な筋肉の収縮は
それでもまだ掴むべき何かを探している
知っているものはもう知る必要は無い…そりゃ、生きてるあいだに考えだって変わるけれど
それは知っているものが変化しただけのことだ
浴室の換気はままならず
黒く変色した天井のボードは支えをなくして落ちかかっている
天井裏を覗くと
湿気て朽ちた枠木が噛み千切られたような傷跡を晒している
馴れるとはつまりそういうことだ


便所には過去がこびりついている
流すたびに感じる違和感はきっとそいつのせいだ
消化されない出来事が
消化されない感情が
消化されない記憶が
水溜りみたいな便器の底のたまりに投影されている
芳香剤の効果は
体裁ばかりが整った下手な詩人の朗読のようだ


冷え始める時刻
飲み込んだカフェインに踊らされて
心は火のように焼ける
炙られる感触をなだめられず
放牧地に駆け出す馬のように
野性は肉体をこじ開ける
走り出せ
強く地に下ろす脚の戦慄きを誓え


蝙蝠の羽が闇を叩いているので
いつもより騒々しい窓辺だ
眠りが翻るので夢身が悪い
いつしか枕を投げ出してしまう
眠らないと身体に悪いといろいろな人に教わった
でもそいつらの半分は早いうちに死んでしまった
もう半分も片足棺桶の中だ
「そういうものだ」という事柄は
ただひとつの認識という程度のもので
すべてをその枠に収める力など無い
定義に縛られる人間は
殺風景な部屋に住むことをストイックと呼ぶ


ベイビー
すべての事柄が終了した
幕間の暗転のようなこの時間に
野生の馬は目を見開き
鼻息を荒くして
半月に嘶いている
本能的な力をありありと感じるとき
大抵の人間は不幸な気分になるしかない
ベイビー
俺はいままさにそんな気分なのさ


数時間後に眩しい光の中で
まやかしのような希望を感じながら目を開くとき
こんな夜のことはすべて安易な忘却の中に閉じ込められる
鍵の無い引き出しのようなそこは
同じような夜のときに勝手に開いてしまう
「いつか解放されるだろう」って歌った
あの男は自分で死んでしまった
ラスト・ワルツの残響に薄笑いを浮かべながら


生きれば生きるほど
時間の概念はあやふやになる
確かな時間など無く
確かな現実など無く
確かな夢など無い
ただただ
景色の中に浮遊するような鼓動があるだけ
寝返りの数を重ねながら
ハードディスクとデジタルウォッチのわずかな明かりに照らされた部屋の中を
臨終のような空っぽの目つきで
尻軽な睡魔が再びやってくるのを待っている
砂漠でカラカラに渇きながら
年に数度の雨を待つ
見つけてもらえない死体みたいに
(ハゲタカに啄まれないだけマシってものか?)


そしてすべての音が無くなり
すべての景色が無くなる
すべての意識が無くなって
世界という舞台の幕間の転換が始まる
どこで目を覚ませばいいのかは残酷なスポットライトが教えてくれる
脚本が貰えない役者たちは
アドリブを存分にぶちかますか
口を開くことを拒否するか
そんなことでしか意思表示が出来ない
ベイビー
この世は薄っぺらいもので出来ている
ガッチリと固めることが出来るコンクリートよりも
そのとき動かなければいいテープが評価される
アクセスは速さを売物にし
その速度の中で落していくものには頓着しない




どこかの鶏が悲鳴をあげる
そのせいで目が覚める
カーテンの向こうで命が急かされている


そら見ろ




朝だ

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