腐食の挙句ぽっかりと空いた穴から時を刻むように漏れ始めたどろどろのどす黒い液体のような世界だ、さあ御覧、夜にだけ動き出す狂った器官の稼働するさま、ああ、数時間前の紺碧の空の幻視、本当だったのになぜこんなに簡単に亡きもののようになってしまう、本当だったのになぜこんなに…子供のころからごっそりと欠損したままの奥歯の中心に執拗に居座る夕食のかけら、就寝のあとの激しい悪夢を予感させて、爪楊枝で懸命に掻きだしたら歯茎からとめどなく血が溢れた、粘菌のようにそこここにへばりつく血液…ティッシュ・ペーパーで受け止める落度、どろどろのどす黒い液体みたいな落度、赤く染まったそれをダストボックスに放り込んだのは日付変更線の瀬戸際だった、なあ、変更されるのはなんだい、新しい日付に朱色の唾を吐きながら安い時計に話しかける、安い時計は分の単位をひとつだけ先へ進める、それは変更ではない、と俺は考える、それは変更ではない、トラック・レースのコースに置かれる距離を示すコーンのようなものだ、そうだろ?時を刻む音などまるで聞こえないのに、こいつは時計と名付けられている、それは変更ではない、そうだろ?古くなったスピーカーがアンプの奥底から立てる小さなノイズのような音が頭の中で鳴り続けている、耳を澄ますとツブリ・ベブル・バルレと呟いているようなノイズ、ツブリ・ベブル・バルレ、ツブリ・ベブル・バルレ、俺の肉体は微細なドットに変換され、妙に平坦な世界の中に逃げこんでいこうとする、ツブリ・ベブル・バルレ、変更されるものはなんだい、ツブリ・ベブル・バルレ、腐食によって空いた穴はよりひろがったのか、それともさらなる腐食によってまた潰されてしまったのか?ツブリ・ベブル・バルレ、遠い昔に見た喀血して果てる夢、部屋中の壁を赤く染めた夢、ツブリ・ベブル・バルレ、二次元的に消化されようとする俺の肉体、ねえ、それはもはや肉体と呼べるようなものではないんじゃないかい、ねえ、そいつにはもはや名前を付ける価値すらないのではあるまいか、ドット化された俺の存在はそのひとつひとつが二度と這いあがれそうもない井戸のような穴の中へ落ちてゆく、それはきっと俺の腐食によって生まれた穴なのだろう、俺のドットの数だけその穴は空いている、俺の細分化が長い長い落下を辿って途方もない地面で次々とバウンドするとき、ツブリ・ベブル・バルレ、俺はもっとも原始的な死の在り方を見る、ツブリ・ベブル、ツブリ・ベブル・バルレ!水の泡のようにすべては死んでゆく、ツブリ・ベブル・バブレ!頭の中で鳴り続けているノイズ、ツブリ・ベブル・バルレ!ツブリ・ベブル・バルレ!最も原始的に死ぬ音は一日中だって鳴り続ける、それはひとつずつ死んでいくからだ、最も小さいひとつずつを失っていくからだ、腐食よりも、もっと長く、確実に、ひとつずつを失っていくからだ…なにが変更された、なあ、なにが変更された、なにが変更されたんだ、なにが変更されたんだい、デジタル時計のため息のような時の進行の仕方、なあ、最も小さな集音マイクをくれ、微細な一粒たちの死がもっともっとはっきりと死んでいくように、ツ・ブ・リ・ベ・ブ・ル・バ・ル・レ・ツ・ブ・リ・ベ・ブ・ル・バ・ル・レ、その音を記録することは、その音を記録することは、己が死を知り続けることだ、己が死を、知り続けることだ…ツブリ・ベブル・バルレ、ツブリ・ベブル・バルレ、無限に続いているかのような井戸、その底辺にうずくまった、俺の…この俺の!
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