不定形な文字が空を這う路地裏

シリアスはまぶたを果実のように腫れ上がらせる(かたちなんて欲しがってもろくなことはない)










ひとつくらいなら
俺の眼球くり抜いていいから
そこから俺の真意を覗いてみなよ
俺にはいまひとつ上手く話せるだけの才が欠けてるみたいだし
お望みだったら
ルーペも用意してあげるから―冗談だって思ってるんだろう、まずまず本気さ、きっと



俺の重ねてきた言葉はぜんぶ間違っていたんだろう



おまえはケーキを切り損ねたペティーナイフを
これでだって人は殺せるんだというふうに構えて座っている
甘いホイップにどっぷりと漬かれるはずだった刃先は
サビの臭いと粘度の予感に仕方なく光を跳ねている
俺はコーヒーを飲み干して顔を差し出す、ひとつくらいならくり抜いていいから




こんな馬鹿みたいなセリフ、十二歳までさかのぼったって見つけ出せやしない




おまえは狼狽して
大きな目玉をぐるぐると回す、指先に力がこもりすぎて、磁場の狂った場所で泣き出すコンパスのように刃先がふるえる、そんな風になって欲しくなかった―何かを決意してそれを手にしたのだから―俺は、えさをねだる猫のように鼻を突き出しながら、震えるその刃先に眼球を突きつけていく、おまえは小さな悲鳴を上げてあとずさる、そのとき刃先は俺のまぶたをかすめる




鏡を見なくても判る
そんなときに瞳を濡らすのは血以外のなにものでもない…俺はテーブルにかかった真っ白なクロスを汚す自分の血を見ていた、なあ、おまえ、U2は趣味じゃなかったっけ…どのみち今日はウィーク・デイだしな
おまえは蚊の鳴くような声で詫びながらティッシュ・ペーパーを差し出す…投げ出されたペティーナイフがカーペットの上でしょげている
俺は礼を言って―すぐに重くなるティッシュに痛くないほうの眼を見開く
たくさん切れているのか、と俺は尋ねる、おまえは小さく首を横に振る
そんなにたいしたことない
と言う




考えてみりゃ、まぶたを切ったことなんて今まで無かった
たくさん血が流れるかどうかなんて判るはずも無い―俺は、おまえのCDのコレクションをあさる
マイ
ブラディ
ヴァレンタイン

一番売れたやつが出てくる、俺はばか笑いしながらそれを差し出す、おまえは受け取って暗い顔になる―そんな顔をするべきではなかった
おまえは覚悟してそれを手に取ったのだろうから




おまえは小さな救急箱を取り出して
消毒液と塗り薬と
ガーゼと包帯の用意をする、吹きつけ式のオキシドールは
ナイフの刃よりもずっと利いた
ヴァレンタインは机の上にほっとかれた、そう、いまはもうナインティーズじゃない




手当てをされているうちに俺は眠った
包帯は不器用に温かく
おかしな話だが
子供のころを思い出した
そんなところに怪我をしたことなんてないのだが




おまえが泣いているようだったので目は開けなかった




朝が来ると俺のまぶたは
三倍にも膨れ上がり
懸命に巻かれた包帯は下手なターバンのようにずり落ちていた
おまえは仕事先に電話して
今日は休む、と告げ
俺を引きずり出して車に乗せた




医者は詳しいことは聞かなかった、誰だって面倒には関わりたくないものだ
治るまで入浴は控えるように、と、彼は言った
俺たちは頭を下げて病室を出た




帰りの車の中で
治るまでの世話を頼むと
おまえは信号を二度間違えた
病院からの帰り道から
病院に戻る事になるのではないかと
助手席で俺はハラハラしていた




何かを期待するとか
何かを確かめ合うとか
まぼろしみたいなものを追うなら
確かな感触を気にしすぎちゃいけない
答えが出ることが
素晴らしい事だと考えるのは愚かしいのさ





窓の外は雨だが
それは天気予報の通りに降ったりはしない
濡れる事をなんとも思わなければ
太陽のない目覚めにうんざりする事もない
アクセルを踏めよ






まぶたは二度と腫れることはないぜ

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