不定形な文字が空を這う路地裏

モルモット








濡れていて執拗な、壁際にうずくまる逡巡だ、伏せたはずの目蓋を
強固な力で軋むほどにこじ開けて認識を促すどさりと鳴る影
拒んでいるだけで頚椎は致命的なまでに鬱血してしまった
頭の中の最も脆い部分に亀裂が入る音が聞こえた、極限、なんてやたらに吹聴する気もないが
手ぶらで生きていくにはどうも限界みたいだよ、一度網膜に刷り込まれたある種の示唆は例え眼球をくり貫こうとて消去出来るものではない
梅雨が息を切らせた釈然としない気候の夜に見えないものに犯されていると
いつの間にか抜け出した自身のエクトプラズムが激しく窓を叩くのを感じるんだ、あいつはきっとこんな故障を望んでなどいない、だけど
催眠術から抜け出すには合図が遅過ぎたよ、たぶん最後の一線って
意外とあっけなく踏み越えてしまっているものなんだろうな
いつかはこんなじゃなかった、いつの間にか手にしているものがあったし
いつの間にか出来上がっているデッサンがあった
本当の白紙は決して破り捨てることが出来ないものだ
破るために汚すなんて卑怯者のすることだし
俺の霊体はすでに浮遊していた、きっとこのまんまじゃ誰にも浄化してもらえやしないなぁ…あれを取り戻すには
あれを取り戻すには…呆然と口を空けたまままるで悪い薬でもやったみたいに
取り戻すことばかり考えていた、ああ、そう言えば、近頃は取り戻すことばかりを考えているような気がする
手にするものの事を考えなくなったのはいったい何時から?夕日のような太陽の朱ばかりが気になる
おー、と俺は鳴いた、それは泣声だったかもしれない
どちらにせよ何かを講じないと
丸めて捨てられる遺言みたいなもんになっちまうな
何時だったか、突然飛び出して遠い遠い海岸で見た夜明け、あそこからどれだけ離れたのだろう―今からあそこを目指しても
きっと同じ朝日には見えない
慣れと強さの線上をよろめきながら歩くうちにそれはきっと
両方のポケットからポロポロと零れてしまう
欲しいものは真理なんかじゃなくって
欲しいものは霊体なんかじゃなくって
多分それらすべてのものを少しずつ含む釈然としないグミのような塊
明確な答えになんて何の意味も無い、そんなものをリアルに感じるのは
産まれてすぐに死なざるを得ない胎児ぐらいさ、一秒でも生き延びてしまったら
そこはもうただのグレイ・ゾーンだ
どうしてあの時選んでしまったのかな、痺れたような感覚が全身を駆け巡り
さながら廃棄物に遣られた魚のようだ
キッチンにもう少し生物の匂いがしていれば最高だったろう
少し可笑しくなった瞬間、ひゅっと息を吸い込んで
もう戻れそうになかったエクトプラズムが身体に戻ってきた、そんなことばかり感じて真夜中を生きていると
悲壮感のない涙を音もなく流せるようになる、こじ開けられた目蓋で、鬱血した頚椎で
ああ、俺まだ多分、俺まだ多分
明日を迎える理由があるのかもしれないななんて、それを喜びと呼ぶには
あまりにも不手際が多過ぎるかもしれないけれど
時計の針が動くことに意味なんか求めちゃいけないんだ、だってそれには証明書程度の中身しかないんだもの
本当に必要なのは影の向きを読むことなのかもしれない、そう思うと
不思議と太陽を待てるかもしれないと思うようになった
手ぶらで生きていくにはどうも限界みたいだから、誤魔化せるような何かを握らなければならない
それが例えば
午前一時を少し回ったあたりに首を傾げながら綴る詩でも構わないんじゃないか
見えない傷ほど痛むものだね、もう何もない窓の向うに俺は話しかけた




再び声帯を震わせられることが嬉しくて仕方がなかったんだ

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