不定形な文字が空を這う路地裏

鈍重な流動、経年的深海









リザードの軌跡を寝惚け眼で追いかけていた日曜の午前三時、ハザードの明滅のような幻覚がチラついて脳髄はクラッシュ気味だ、昨日忘れないでおこうと思っていた出来事はもうすっかり思い出せない、それがどんな感情を伴う出来事であったのかすら…この夏は発狂する、夜更けごろまで内臓が沸騰するかのような熱が渦を巻いている、クライシスだ、スーパースターのアドレスを教えてくれ、まだ寝床の用意はしない、もう頭はときおりグラついているけれども…易々と睡魔を受け入れる気分じゃないんだ、ただそれだけのことなのさ―だからといってこれからなにが出来るといったこともないけれど…子供が、プールで誰にも気付かれずに溺れ死ぬムービーを観た、つい半時間前のことだ、その子が男か女かすら判らないくらい遠い映像だったけれども(たぶん防犯カメラかなにかの映像なのだろう)…必死で水面へと顔を出そうとする数分のあいだ、あの子供の頭の中にはなにが渦巻いていたのだろう?それはいまこうして眠りを拒んでいるおれの頭の中にあるものとそれほど違いはない気がした、もちろんあの子はもう死んでこの世には居ない、そしておれはまだ生き延びていこうと目論んでいる、そんな違いはあるけれども―人生は運命に首根っこを鷲掴みにされて水中へと突っ込まれるようなものだ、そうは思わないか?おれは最近よくそう思うようになった、そしてそう考えれば考えるほど、現実はどこかよそよそしいものになって枕元で退屈そうにこちらを見ている感じになる、いまは水面なのか?おれはよくそう問いかける、誰に向けて問いかけているのかよく判らない、自分自身にそうした感覚を取り戻すことを促しているのかもしれない、思えば小さなころからおれは、そんなことに必死になっていたような気がする、いつでも、どこかから自分のことを見ている自分がいるような気がしていた、いまこの場所よりほんの少し高いところから、日常のなかで言わなくてもいいことややらなくてもいいことをやりながら釈然としない気持ちを抱えている自分のことを、怪訝な顔をして眺めている自分が…肉体はまるでセロファンのスクリーンに映し出された心許ないアニメーションのようにしか感じなかった、あそこから見ていたやつは、いつのまに消えてしまったのだろう?どこへ行ってしまったというのか?それはこの肉体に融合されたのだろうか?いや―いまでもときどき、そんな存在を感じることがある、さほど意味のない事柄をまるで意味があるかのようにこなしているときなんかに…二重、三重にぶっ壊れている眼球は壁に残っているはずのリザードの足跡を上手く捉えることが出来ない、リザードはまるでパレットの上で薄く伸ばされたライトグリーンのように細長く伸びた物体として移動している、それが本当にそこに存在しているものなら、そう、それが本当にそこに存在しているものなら…現実なんて壁にかけた洋服みたいなものだ、しっかりとそこにあるように見えてもなにかちょっとしたものが引っかかるだけでたちまち滑り落ちて床で広がってしまう―まるでにおいの無い死体のように―ここは水面なのか?あるものにとってはおれはとても上手く泳いでいるみたいに見えるだろうし、またあるものにとっては溺れそうになって必死にもがいているみたいに見えるだろう…おれは見物人を映す鏡だ、おれのスタンスはまさにそういうものだ、おれのあり方に愚かさを見ているやつはきっと、自分の愚かさを見ているのさ、だって、俺の見ている景色が誰に判る?おれの感じているものが誰に?おれの思考が誰によって解読されるというのだ…?そんなこと絶対に出来るわけがない、おれは最も原始的なやりかたでそういう事柄を示しているのさ…なあ、ここは水面なのか?呼吸をしているような気がする、確かにきちんと呼吸は成り立っている気がする、だけど、なにかほんの少し、騙されているような気はしないか?これが本当に心安らかに寛げる場所だなんて、果たして思えるのか…?現実なんて壁にかけた洋服のようなものだって、おれはさっき言ったばかりじゃないか…?おれは壁の一点を見つめて考え込む、おれは果たしてこれまでに水面に顔を出したことがあるのだろうか、本当の意味で心安らげる空間を手にしたことがあるだろうか―そう考えると自分が深海にいるような気がした、なるほど、道理でなにもかも見え辛いわけだ……。

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