そのとき舌先を耐えがたい感触が駆け抜けて行っただろう、瞳孔を麻痺させるような緩慢とした動き、意識下にかしずいた不確かな感触、絶対的でないがために徹底的に堆積してゆく―崩落にも似た猛烈な揺らぎ、光線は薄く不適当なまま行先を探し…そこじゃないんだとお前は悲鳴を上げる、確かに何かを口にしたはずなのにうまく発音出来なかった、消え去ってゆく一瞬の核心、お前は自分で何者であったのかすら判らなくなりかける…忘れかける、忘却、忘却だ、移動する思想の反動だ、お前は判らなくなりかける、だけど結局もとのところまで針が戻ってくる、そのことはお前にとって果して幸福な出来事なのだろうか?俺には返答出来ない、返答するには拾い上げるべきものがあまりにも足りなさすぎるのだ…霧雨と同じで幾ら降り注いだところで確かにそれと認識出来るような痕跡がろくに見つけられはしない…降っていた、降り注いでいた、いつかには、豪雨のように、濡れながら、濡れながら、冷えた身体の中で生きようとするぬくもりが輝くのを待っていた―滑稽なほど渦中でなければ掴むことの出来ない事柄は確かにある、まるで思春期のように感情の中に我が身を投げ込んで落下する地点を認識しなければならないことというのは、幾つになろうが幾らでもあるのだ、豪雨、豪雨だった、身を切り裂くほどの豪雨だった、痛みがあった、銃弾を受けたような痛みがあった、音があった、肉を弾くみたいな音、身体の上で弾けていた音、音、音、音、音…肉体が弾きだす水の詩だった、肉体が弾きだす水の詩を聴きながら、俺、俺、雨垂れがどんなところへ身を隠すのか見届けようとしていたんだ、それがどんなところへ流れてゆくのか、それは死なのか、あるいは変容し続けるひとつの生なのか、そしてそれは例えば一部始終眼にしたところで俺に理解することが出来る種類の事柄なのか…見ていた、見ていた、見ていた、見ていた、雲が粒になり、無数の粒になり、降り注ぎ、弾けて、流れてゆくそのさまを、動きだ、動きだ、途方もない動きがそこにはあった、そして俺は、それに新しい名前をつけることは出来なかった、それは雨だった、それ以上の理由はなかった、どれだけ眺めても、どれだけ身体が震えていても―知っているか、真夏のスコールの中でだって、身体は冷えてゆくことがあるんだ…俺はそのままくたばりたかった、真夏のスコールに奪われるだけ奪われて、阿呆みたいに凍えて死にたかった、だって俺にはくたばるだけの理由があったから、どんな理由かなんてもう思い出せないくらいの昔のことだけど、だって俺にはくたばるだけの理由があったんだ、片手じゃ数えることが出来ないくらいの理由ぐらいは、少なくとも持っていたんだ―生きるということは、理由を捨てていくことを学ぶ道のりでもある、生きて、生きることを選択して続けていくと、そこに理由は必要ないことを知る、理由は時として、いや往々にして、体内の奥底にある真理に近づく機関の動きを縛り付けてしまうものだ、真夏のスコールが体温を奪ってゆくときのように、ひところは豪雨だった、あのとき俺は、豪雨の中に立っていた、阿呆のように無様にくたばりたいと願いながら…いま、と俺は思う、今あの時のような豪雨の中に立てたとしたら、俺はどんなことを願うのだろう?切り裂くような豪雨、肉体を弾く、マシンガンのようなスコール、俺はいったいどんなことを願うのだろう?俺はもう十代ではない、いつかも言ったように、だけど俺の思春期はまだ血を吐き続けていて、まだだまだだと惰眠を貪ろうとする俺の首筋をひっつかんで叩き起こす、まだ横になる時間じゃない、まだ眼を閉じる時間じゃない、血を吐け、血を吐け、血を吐け、血を吐け、足りない、足りない、足りない、足りない!お前の思春期など安易に終わることはない!もがき続けろ、至らない世界に首まで漬かりながら…未熟さに泣け、愚かさに喚け、拙さに狂え―ああ、報われたと思うことなど多分死ぬまでないぞ、死すら保証されない、お前の人生は奪われるように終わるかもしれないぞ、そんなケースをお前はずいぶん見ただろう…特にこのところたくさん見てきたんじゃないのか、生きるということの裏には誰かの屍が数百数千と転がっているのだ、お前は祈れ、先に死んでいった者たちのために祈れ、お前自身の選択したやり方で、お前自身の決めた綴り方で…魂は簡単に解放されたりはしないぞ、手にしたものを舐めつくせ、からみつけ、貪れ、喰らい尽くせ、報いや許しが脳裏に過るのは反吐が出るほど甘過ぎる心のせいさ、そうだろう、そうは思わないか?報われるなんて考えるべきではないのだ、笑い話のように愚かな宿命を背負って生まれてきたのだと感じることが幾らでもあっただろう?お前が記憶の中を闇雲にまさぐる時、ごろごろと転げ落ちてくるものはいつでもおぞましく奇形化したそんな滑稽さばかりだったんじゃないのか?逃げ出すことは出来ない、逃げ出すことは出来ないぞ、爪を立てて飛びかかるがいい、他にどんな術も持たない三本脚の猫のように、弱い跳躍で喉元を狙うがいい、だけど判るだろう!例え見事に急所を捉えたところでそれはほんの僅かな掻き傷に終わるのみだ!ははは!はははは!お前には誰をも殺すことは出来ない!殺すことさえお前には出来やしないのだ、恥じるがいい、悔むがいい、喚くがいい、それがお前について回る思春期の正体だ、どこかで傷を受けてくるのが得意なお前、憎むほどの烈情を持ち合わせないお前、ははは!お前は湿気った花火のようだ!錆びすぎた刃のようだ!崩れるのみだ!崩れるのみだ!崩れるのみだ!悔みながら、足掻きながら、ぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろ崩れて終わるのみさ!―あーはー、お前は豪雨の中で何を見ている、霧雨に見えるのはお前の眼が霞んでいるからさ…よく見てみろ、よく聞いてみろ、よく感じてみろ、お前は今でも雨を受けている、死ぬほどの痛みを伴う雨を受けている、判るだろう、本当は知っているんだろう、いつかやむような雨だと今でも考えているのか?可愛いぐらい愚かしいね、馬鹿、馬鹿、馬鹿げたやつさ、ガチガチ震えているくせに、まだ詩なんか読むつもりでいるのかい?寒いだろう、ええ、馬鹿、寒いだろう?真夏の雨でも凍えて死ぬことはあるんだぜ、お前がいつか欲しいと願った阿呆みたいな死…それはお前から遠ざかったとでも思っているのか?どこにも行きはしないよ、どこにも行きはしないぜ、変わることはないよ、変わることはないさ、お前は今でもおぞましい思春期の中で未熟ながら老いてゆくのだ、ふふふ、ははは、愚かしい!本当に愚かしい!お前は道の上に足跡を落としてきたつもりででもいたのだろう、振り返ってみろ、全ては雨に流されている…灯りを消すのが早すぎるぜ、なにか納得のいくことがここ数時間の中に落ちてでもいたのかい、いっぱしの人間みたいに何かを成し遂げたつもりででもいたのかい、ええ、役立たず…窓の外の雨はやんで、呑気な虫どもが一斉に声をあげている、その声を聞きながら―お前もひとつ泣いてみちゃどうだ、愚かさを恥じることはない、どこのどんな場所にだって、そんな見世物を受け入れてくれるもの好きは居るものさ、お前はただ吐き出すだけでいい、吐き出すのなら思い切りやるほうがいい、思考に出来ることなんて所詮は小細工だけなのさ、お前には何も判ることはない、お前には理解出来ることなんてありはしない、お前はずっとそうして生きていくことをほぼ自分で選択したのだ、虚ろな森の中で地図も引かずに彷徨い続けることを―豪雨の音が聞こえるだろう、豪雨の音が聞こえるだろう?豪雨が、豪雨が、豪雨がお前を打ち続けるのを感じることが出来るだろう?まだ横になる時間じゃないぜ、まだ眼を閉じる時間じゃない、やり遂げたみたいな顔をして忘れるような時間じゃないのだ、お前は今でも傷つき続けている、ペシミスティックな見世物さ、そんなものになりたかったのだろう、時代遅れの、出来そこないのシェイクスピアさ、お前のやりたかったことは最高に時代遅れな悲劇に過ぎないのさ…度を超すと誰も笑ってくれなくなる、嘲笑してもらえよ、もっと声高に叫んで―街角で気狂いを目にすることがあるだろう、あんな風にやるのだ、あんな風に叫んでみるのだよ、お前の声はステイタスほどには力を持っちゃいないさ、馬鹿ったれ、俺だけはずっとお前を否定し続けてあげるよ、だってお前はそうすることを選んだんだから、真夏の豪雨の音を聞け、お前の身体は今でも切り刻まれている、真夏の豪雨、真夏の豪雨、お前は切り刻まれる、死ぬまで、死ぬまで、死ぬまで、死ぬまで、死ぬまでお前は思春期を恥じ続けるのだ、喚くがいい、もっともっと、蒼褪めてぶっ倒れるまで喚くがいい、沸騰した血液が血管を破って、頭蓋骨のなかで溢れかえるまでみっともなく喚くがいい、お前は逃げられない、お前は逃げられない、それは選択する余地すらない、第一煮え切らないお前の物腰じゃ、ケツをまくって逃げるような真似は出来やしないだろう、お前は強欲さ、逃げられはしないんだ、そうら喚くがいい馬鹿ったれ!お前の人生は道化に過ぎない!誰かが笑わざるを得なくなるまで、無様に喚き続けるがいい!降り続けるんだ、降り続けるんだ、豪雨に掻き消されないように、もっと、もっと、もっと、もっと!―用意されているものばかりさ、心など捨てろ、流れはあるべき地形の中を流れてゆくばかりだ…見届けたかったろ、見届けたかったんだろ、そいつがどこに向かって流れてゆくのか、それは死なのか、変容し続けるひとつの生なのか―身体で知ることが出来るまで終わることはないのさ、お前はそれを身体で知ることが出来るのさ、願ったことは必ず本当になる、だけど思い通りに運ぶわけじゃない…愚かしい馬鹿ったれ、それでもお前は愛するだろう、まぼろしのようなあのたった一瞬の核心のことを、笑ってもらえよ、愛してやるぜ……
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