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小さき花-第5章~8

2022-09-11 08:06:07 | 小さき花

 三日過ぎた翌日、土曜日であって、私は叔父の家を訪問しましたが、私に対しての叔父の様子が不審に思われるほど変わっていました。私は何も申しませんのに、叔父は自分の部屋に導き、私が幾分か遠慮するような様子でいるのを少し咎めて後「私が願った奇蹟が最早不必要になった、なぜならば私は天主様にもしも聖慮ならば、どうか私に許すような心の傾きだけでも与えてくださいと祈っていましたが、その傾きを与えてくださったからである」と申されました。私はこの時の叔父は、以前とは全く変わった人のように思いました、彼は親の様な愛情を以って私を抱きながら「親愛なるわが娘よ、平安に行け、そなたは主が摘み取りたいと思召すところの、特別に恵まれたる小さき花である。私は決して反対しないから聖慮に従いなさい」と大いに感動して申しました。
 ああ、私はいかに喜んで家に帰ったでしょうか……、雲が散り雨が晴れて美しい蒼空となったように喜んで家に帰りました。私の霊魂の中にも闇が亡くなって夜が明けました、イエズズ様は眠りより醒めて、私に喜びを取り返してくださいました。風の音が止み波が穏やかとなり、試しの嵐の代わりにそよそよと吹く順風が私の帆を孕ましたので、私は最早港に着いたような心持ちが致しました。ああ、悲しい事にはまだ多くの嵐が起こり、その嵐が時として私が深く望んでいる岸(修院)に着くことが出来ないように思わせるほどの激しい嵐で即ち妨げがあったのであります。
 私が叔父の承諾を得てから後「カルメル会の総院長成る神父は、私が21歳になる迄は入院する事が出来ない」と仰った、という事を敬愛する母様から承りました。今まで私等誰もこういう事に気が付きませんでしたが、是非とも父や叔父よりもなお難しいこの総院長の許可を受けなければなりません。さりながらそれにも関わらず私は失望も落胆もせず、父と共に叔父の家に行き私の希望を打ち明けて願いました。所が総院長は愛想なく「許可を与えることが出来ない、しかし、余は司教の委任者に過ぎない者であるから、司教さえ御許可になれば、余もそれに従わなければならぬ……」と申されました。ここから戸外に出ますと雨が激しく降っておりました。ああ私の霊魂の空も黒雲に覆われておりました。父は私を慰める方法についてひどく困られ、私が望むならばバユーにおられる司教様の所へ連れて行ってやるとまで申されましたので、私は喜んでその事を願いました。ところがバユ市に旅行するまでにいろいろの事が起こってきました。外部から見た私は今までとは別段何も変わったことがなく、日々の務めや勉強を為し、殊にますます天主様を愛する事に力を尽くしておりました。そして時々抑えることのできないほどの聖主の愛を深く感じました。ある夜もイエズス様に対して私はいかほど深く御身を愛し奉るかを言い表す事も、また御身は人々に仕えられ尊ばれることをいかほどに深く望んでおられるかを言い表す事も、言い表す方法も見当たりませんでしたから、私は「地獄の淵に陥っている者は永遠に天主様を愛するという事が出来ない」という事を悲しく思いました。それでその時私は思わず次のように叫びました「もし私が苦しみの場所に落ちて永遠に苦しんでいるものにイエズス様を愛敬させる事が出来るならば、私は喜んで地獄に落ちても良い……」と、無論天主様はただ我々の幸福だけを望んでおられるのでありますから、こういう風にしては決して聖主の光栄を輝かす事が出来ません、しかし愛するときには斯様にいろいろと極端な事までも言う必要を感ずるのであります。私は今こういう事を申し上げるのは天国に行きたくないという為ではありません、その時に私の天国というのは、ただ天主様を愛敬する愛の心だけであって、私の心を強く引き付けた天主様から私を引き離すことは誰でも、またいかなる事でも絶対に不可能という事を熱愛する為に深く感じておりました。