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小さき花-第5章~6

2022-09-07 11:21:00 | 小さき花

 天の招きに応ずることを、励ましまた勧めてくれたものは私の親愛なるポリナばかりでありました。私の心が彼女の心の裏に映写したようです。もし彼女がいませんでしたら、どうしてもカルメル会に入ることは出来なかったでしょう。五年以前から……親愛なる母様よ、あなたから離れ、まるであなたを見失っておりましたが、しかし試みの時に、私は貴女の手に歩行付き道を示してくださいました。私はその時に大いなる慰めの必要があったのです。その訳はカルメル会修院に面会に来るのは随分つらい気分がしたのです。マリアは私がまだ年齢が若いと思い、親愛なる母様も私のこの熱望を出来るだけ緩めようとなされました。無論、これは私を試すためであったのでしょう。かくのごとく最初はただ反対や妨げのみを受けておりました。その上私は何事をも打ち明けていたセリナにこの望みを言い表すならば、止められるであろうと思ってしばらく黙っていました。私は彼女に何かを隠しているにはいかにも辛かったのでこの黙っている間も実に心苦しくございました。しかしそのうちに親愛なるセリナは私の決心を聴いてこれを止める所ではなくて却っておおいに同情を寄せ、なお感ずべき勇気をもって私と離れる犠牲を捧げました。実はセリナもかねてより修道女になろうという決心を持っておりましたから、私よりも先に修道女になる順序であったのですが、しかし昔殉教者が捕らわれ、闘技場(コロッセオ)に於いて最も先に猛獣と戦うために出る時には、兄弟たちは喜んで決別の挨拶をしたように、セリナは私と離れることを許し、なおちょうど自分に関わることのように思って私の悲しみに同情を寄せてくれました。
 最早、セリナに止められる恐れはなくなりましたが、この次は父に対してどういう方法をもって私の決心を打ち明けようか……父は最早二人の姉を天主様に捧げたのである。そのうえ、この『小さき女王』も「カルメル会」にはいるという許しの事を、どうして願う事が出来ましょうか。また父はこの年、重い中風に罹られ、今は幸いに治って居られるが、後にまたこの病気に罹りはすまいか、という心配がある……とこのようにいろいろの事を思うと、どうしてもその許可を願う勇気が出ません。
 ああ、私はこの許しを得るまでにどれほど多く個々の中に戦いを起こしたでしょう?しかしそれかと申していつまでも許可を願わずにいるという事が出来ません。もはや私は14歳6ヶ月であって、前の年の御降誕日に改心の恵みを受け「カルメル会」に入る決心が起こったのであるから、どうかして今年の御降誕日に「カルメル会」に入りたい。しかし、その間僅か6か月しかない、よしそうなら私はこの大事を父に願う日を聖霊降臨の祝日にしようと決めました。そしてこの日は朝から特に聖霊のたまものを願い、また使徒たちも、祈禱と犠牲とをもって使徒の如く教えを広める宣教師を助けるために天主様に選ばれたところのこの弱い児を保護されるのは当然であると思いましたから、使徒たちの取次を願って父に告げる言葉を示してくださるように祈り、ただひたすらに機会をうかがっておりましたところが、祭式が終わって家に帰ると、幸いにもよい機会を見つけました。父は広い庭園の真ん中にある椅子に腰を下ろして静かに両手を組み、ちょうどこの美妙な自然界を視て天主様に感謝の祈りを捧げているようにみえました。太陽は今西に傾いて斜めにその美しい光線を投げて青葉、若葉を照らし、鳥は嬉しそうにさえずって夕暮れの感謝を歌っているよう、そして父の美しい顔色は一層輝いて、ちょうど天上の顔つきが映っているように見えました。そのとき私は、父は今平和が心に満ちているという事をさとりまして素直に黙ってその側に近づきました。最早私の目には露が宿っておりました。父は非常に優しく私を迎え、その頭を胸に当て、「小さき女王よどうした?何か心配があれば遠慮なく私に聞かせよ……」と、父は幾分か私の希望をさとっていたと見えて、自分の激しい感動を見せないため、わざとそこを起って、私の頭を胸に抱き当てながらそろそろを歩きだしました。