N子さんが急いで家にもどると、夫もおしゅうとめさんも、そろって玄関にでて待っていました
ふたりとも、家の前でおこったただならぬでき事を心から心配していたのです
N子さんは、アパートの女性からきいたことと、その犬の愛らしい様子を、ありのままに話しました
N子さんの夫は、かつて大切に育てた「シロちゃん」の面影をなつかしみ、一も二もなく、その犬を引きとることに賛成しました
かくして、そのかわいそうな放置犬は、何ごともなかったかのように、すんなりとN子さん家族のもとで暮らすことになったのです
N子さんは、その犬がやってきた季節の五月にちなんで、仮の名前として「メイちゃん」となづけました
「仮称 メイちゃん」は、虐待されて人間不信におちいった犬とはまったくちがう、それはそれは人なつこい子でした
「メイちゃん」は、N子さんがはじめてアパートの部屋で抱きあげた時とおなじように、当りまえのように、だれにでも抱っこをせがむ甘えん坊だったのです
N子さんの家では、夫もおしゅうとめさんも、この犬をかこんで、なごやかな時をすごしていました
が、本当の名前ではない、犬に仮の名前をつけたN子さんが思うには・・・
「この犬にも、今までの飼い主がいるのは間違いない」
「もしかしたら、飼い主が犬を返してほしいと言ってくるかもしれない・・・」
「でも、元の飼い主がこの犬を捨てたのだとしたら、そんな飼い主にこの子は返せない」
「でも、ひょっとして、この子がだれかに盗まれでもして、飼い主がさがしているなら、やはり返してあげなきゃいけない」
「いえいえ、まるでシロちゃんの生まれ変わりのようなこの子は、だれにも渡さない、わたしが育てる」
「あー、だめだめ、自分の都合で決めちゃだめ、この子にとっての幸せが一番なんだから・・・」
N子さんは様々な思いをいだきながらも、「仮称メイちゃん」をつれて、毎日近所の公園を散歩しました
そして、「この犬を知りませんか、この犬の飼い主を知りませんか」と、すれちがう犬散歩の人みんなに尋ねました
犬散歩のなかまたちはこの犬を写メして、友だちに転送したりして、情報をあつめようとしました
N子さんのしらないうちに、公園の犬なかまの間には、この保護犬の話がまたたくまに広がっていました
でも、この犬や飼い主を見たことがあるという人は、ひとりも現れませんでした
「メイちゃん」は、保護当時、首輪はつけていましたが、鑑札など連絡先につながる物はつけていませんでした
また、N子さんは「メイちゃん」を動物病院でみてもらいましたが、その結果、年齢は7歳くらいで、ながいこと手入れされていなかったことがわかりました
「それではやはり、この子は放置虐待された、ふびんな捨て犬ではないか」ということになり、この子にとっての幸せを願って、N子さんは堂々とこの犬を飼う決心をあらたにしたのでした
が、そんな時・・・