N子さんがそっと様子をみていると、アパートの奥からおまわりさんがでてきて、無言でパトカーに乗ると、しずかに走りさっていきました
アパートの廊下をのぞくと、犬の乗せられていたキャリーはなくなっています
N子さんは、まる半日もほえていた犬のことが気になってたまりません
普段からそのアパートの人とはおつきあいがありませんが、おもいきって部屋をノックしてみました
中からでてきたのは、若い女性でした
部屋の中には、あのキャリーがおいてあるのが見えます
N子さんはおもいきって、犬のことをたずねました
すると、その女性が言うのには
「わたしはこの犬のことはまったく知らないんです
部屋の前におかれていたのにも、身に覚えはまったくありません
仕事から帰ったらこの犬のキャリーがドアの前にあったので、どうしていいか分からずに110番したんです
この犬の捜索願いか、盗難届けでもでているかと思ったんですけど、そういうものはでていないそうです
かわいそうにね、この子、捨てられちゃったのかもしれない・・・
でも、このまま犬をおまわりさんに手渡せば、保健所におくられて殺されてしまうとおまわりさんに言われまして、そんなひどいことはできませんでした
実家では犬を飼っていて、わたしも犬は好きなのですが、このアパートはペット禁止なので私には飼えません
今晩一晩はわたしが保護することで、おまわりさんには引きとってもらいましたけど、だれかかわいがってくれる人はいないかしら」
N子さんが部屋のなかをみると、「シロちゃん」にそっくりな犬は、部屋の中からこちらの様子をうかがっています
狭いキャリーから解放されて部屋にいれてもらったその犬は、大声で狂ったようにほえていた時とはちがって、愛らしいまなざしでN子さんをみつめました
N子さんが、いとおしさから思わず「おいで」と呼ぶと、その犬は、差しだしたN子さんの手の中にとびこんできました
そしてN子さんが腕のなかにだきあげると、その子はクーンとはなをならして、N子さんにあまえてきたのです
N子さんは、あの「シロちゃん」が天国から帰ってきたと確信し、涙があふれてとまりません
「この子をひきとって育てるのは自分以外にはいない」と心にかたく誓いました
「あすの朝、この子を迎えにきます」と話して、アパートの女性とおたがいの電話番号をかわし、警察にもそのように連絡しておいてもらうことにしました
家族のだれにも相談しないで、N子さんはその犬を引きとる約束をしてしまいましたが・・・