「仮称 メイちゃん」は、N子さん家族のもとで、まるでわが孫のようにたっぷりの愛情をうけて、安心して暮らしはじめました
ところが、一週間ほどした時のことです
おしゅうとめさんが、N子さんに言いました
「わたしは90歳をすぎて、命ももうそんなに長くはない
体もあちこちつらいし、天国にいる夫から早くお迎えが来ないかなとおもうこともある
なので、老いて死にむかう犬が目のまえにいるのは、つらくて耐えられない・・・
犬の面倒をみてあげることもできそうにないし・・・
この犬をひきとってうちで飼うのは、やめてもらえないかしら・・・
前のシロちゃんが死んだ時のことも頭にうかんで、はなれないの・・・」
このように言われては、家庭内の平和を最優先にしてきたN子さんは、いくらかわいい保護犬のためとはいえ、自分のわがままを貫くことはできません
夫は「メイちゃん」をほんとうの家族としてむかえようと何度も提案しましたが、高齢のおしゅうとめさんの心はかたくなでした
こうなっては、はやく新しい飼い主をみつけて、「メイちゃん」のおうちを確保しなくてはなりません
N子さんは、一日に何回も犬をつれて散歩にでかけては
「この子は、今うちで保護している捨て犬です、どなたか飼ってくださる人はいませんか」
すれちがう人みんなに声をかけて、新しい飼い主さんをさがしました
すると、この話をききつけた近所のスナックのママさんが、さっそく新しい飼い主候補さんを紹介してくれました
スナックの常連さんが最近飼い犬を亡くしてさみしくて、新しい飼い犬をほしがっているというのです
ママさんのお店にその人が来ているというので、N子さんはさっそく「メイちゃん」をつれて行くことになりました
が、その時、スナックのママさんはキッパリ
「お店の中には入らないでちょうだい、メイちゃんは預かっていくわね」
と言って、メイちゃんを抱くと、すたすたとお店にはいり、戸をしめようとします
「あの、もしも、その人とうまくいかなかったら、うちでも飼えるので、この子をかえしてください!
キャリーも預かっていますから、いつでも迎えにいきますから!」
N子さんは、スナックの店中にむかって、そう叫ぶのが精いっぱいでした
目のまえでメイちゃんを連れていかれ、お店の戸もしめられてしまい、あまりに急なことで一体なにがおこったのか・・・
N子さんは、心の準備もなく、お別れのキスもできないまま、メイちゃんとひき離されてしまい、ただただ茫然としてしまいました
いくら、あたらしいおうちがメイちゃんに必要だったとはいえ、こんなにも無情な別れがあるでしょうか・・・
自宅のまえのアパートから保護して一週間ほど、N子さんはひたすら、メイちゃんに愛情をそそいできました
かつての飼い犬「シロちゃん」にそっくりの子が、突然ふってわいたかのように目のまえに現れたのです
N子さんにとっては、この一週間におこったことが、まるで奇跡のようでした
アパートの廊下に放置され狂ったようにほえていた声が、実は、小さな白犬の悲痛のさけびだったとわかった時・・・
はじめてその犬を抱き上げた時の、甘えた声とぬくもりに流した涙・・・
人なつこく、抱っこをせがむまなざし、その無条件の愛くるしさといったら・・・
N子さんは、短い間でしたが、心のそこからメイちゃんをいつくしんできました
それが、突然メイちゃんが手元からいなくなり、N子さんは夜通し泣きました
翌朝、目のはれあがったN子さんをみて、おしゅうとめさんも泣きました
「あなたにつらい思いをさせようとしたわけじゃないのよ・・・
でも、あなたをこんなに悲しませてしまって・・・
ごめんなさいね、ごめんなさい・・・」
N子さんとおしゅうとめさんは、かわす言葉もなく、ひたすら一緒に泣きつづけました
N子さんの家から、もう「メイちゃん」はいなくなってしまったのです・・・