因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

林光さん追悼コンサート「希望の歌」

2013-01-14 | 音楽

*東京音楽教育の会、林光うたの学校主催 日暮里サニーホール 14日のみ
 亡くなってちょうど1年になる作曲家の林光は、教育の現場での音楽活動を長年にわたって継続しておられた。全国に林さんの教え子がたくさんいて、多くの歌が歌い継がれている。この日も大雪のなか、北海道から九州にかけて教え子たちが集まったとのことで、ステージもいっぱい、小さなホールの客席も満席である。
 コンサートは、Ⅰはじまりのうた、Ⅱカンタータ『脱出』、Ⅲフルートとピアノ演奏、Ⅳソング、Ⅴ「森は生きている」の4部構成、途中15分の休憩をはさんで2時間を越える。
  

 純粋に林光さんの音楽を聴くつもりでいると、しっくりしない印象になる。林さんが座付作曲家をつとめたオペラシアターこんにゃく座でいつも聴いているソングがたくさん歌われるが、同じものを求めるとあまり楽しめないであろう。つまり単純に言ってしまうと、こんにゃく座はバリバリのプロの歌役者の方々だが、この日ステージにあがった方々のなかにはれっきとしたプロ、セミプロ級のかたもいらっしゃったようだが、ごく一部を除いてほとんどがアマチュアであり、1曲めの最初のフレーズが歌われた瞬間、ああちがうなとわかってしまうものである。
 ここをクリアして、林さんへの敬愛の心にあふれる方々が心をこめて歌うステージを受けとめようという気持ちになれればだいじょうぶである。

 とはいったものの、ピアノ伴奏もうたの学校の方々が順番にされていて、正直なところヒヤヒヤものであった(苦笑)。寺嶋陸也さんや志村泉さん、吉村安見子さんが演奏されると、音色が深く豊かで、ひじや手首の使い方もむだなく安定して、ふだん当然のようにプロの演奏家の方々をみているけれども、こんなにちがうものなのかと愕然とする思い。  
 歌も同様で、こんにゃく座の歌役者さんが軽やかに歌っていらっしゃる歌が、いかに難曲であったかを思い知らされた。ひとりでも多くの人に歌う機会をという配慮と「歌いたい」という熱意であると思われるが、なかには痛々しいほどの場面もあって、やはり安心して聴きたいものである。プロの演奏会ではないのだから、と納得するには2,000円のチケット代は微妙である。

 亡くなって1年の追悼ということもあって、プログラムはいささかあれもこれも的に盛り込みすぎであったか。今後も何らかの形で継続されるのであれば、もう少しタイトな構成にすること、受付やもぎり、会場整理などのスタッフを効率よく配置して、入場した人が迷わなくてもいいように誘導すること、客席もいっしょに歌うことは喜ばしいが、歌詞だけでは歌いにくいものも多く、できれば楽譜もほしい。
 客席の多くが関係者であるように見受けられたが、なかにはまったくはじめての方もあったはず。こういうお客さんが疎外感を味わうことなく、自然に楽しめるような工夫や配慮が必要だろう。気心の知れた仲間どうしの交流に加えて、ひとりでも新しい仲間を増やし、林さんの音楽活動を継承してゆくために。

 や、不平不満や小言が続いて申しわけない。楽しかったことはたしかです。しかし「それでも・・・」の思いがあって。

 「森は生きている」。何度聴いてもすばらしい。コンサートの圧巻であった。なかでも「燃えろ燃えろ」のくりかえしが楽しい「十二月の歌」はアンコールでも歌われ、高揚した気持ちで会場をあとにすることができた。
 燃えろ燃えろ、あかるく燃えろ 消えないようにどんどん燃えろ。
 ほんとだな、歌の心が消えないように、あかるくどんどん燃えつづけるように。

 

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