因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ユニークポイント国際共同プロジェクト2010『通りゃんせ』

2010-08-08 | 舞台

*山田裕幸作・演出(1) 公式サイトはこちら 座・高円寺 10日まで
 一組の夫婦が誕生した。夫は韓国人、妻は日本人の国際結婚である。韓国語学校の教師と生徒として知り合ったのだ。お互いの家族や友人が、2人の門出を祝おうと箱根の温泉旅館に集まった。舞台天井から不思議な形のオブジェがつり下がっているほかは、丸太のような椅子がいくつかあるだけだ。ピンクの着物を着た女の子2人が舞台で戯れはじめる。よくみると1人は日本の甚平風、もう1人は少し違った形の着物である。2人がそれぞれ日本語と韓国語で開演前のアナウンスし、日本、韓国あわせて22人が集う一泊二日の物語が始まった。

 といっても冒頭は俳優たちが「花いちもんめ」を日本語と韓国語で行ったりして、なかなか話が始まらず、舞台上の楽しそうな様子に戸惑い、早くも「引き」の気分に。

 互いのきょうだいやその連れ合い、幼なじみ、新婦が看板女優として活動する劇団のメンバーたちが賑やかに集い、さらに会場になった温泉旅館のあるじは、もと劇団員であり、新婦の元カレだったり、その旅館の料理長が急病で(ここの記憶は不確か)、アルバイトで働く青年の友だちが助っ人としてやってきたり、リアルな装置のない舞台は、韓国からやってきた姉夫婦が空港からロマンスカーで箱根へ到着するまでの様子や、旅館の厨房でのやりとり、劇団のメンバーどうしの恋の鞘当てなどなど目まぐるしく展開していく。

 結婚するのは2人でも、その周囲には多くの人々が存在してそれぞれの思いがあり、背景があることを丁寧に描こうとしたのかと思うが、これだけの人物と台詞がすべて必要なのだろうか。新婦の離婚歴が新郎の姉の懸念であり、姉と弟が激しく言い争う場面や、祝いの旅行に参加しない新婦の弟と、彼に思いを寄せる女の子のぎこちなく胸が痛むような会話には引き込まれたが、せっかくの緊迫感が周囲のバタバタにかき消されてしまうようで惜しい。

 実際の日常はドラマチックなことよりも何気ないもろもろが続いていくのだが、周辺の人々の様相が必要以上に誇張した表現に感じられてならなかった。たとえば劇団員同士のあれこれや旅館の厨房でのやりとりなどである。冒頭の「引き」気分は最後まで変わらず、舞台上の物語に入れずに、よそさまの結婚祝いの様子をベタに見物するがごとく、微妙に居心地のよくない印象が残った。

 繰り返しになるが、新婦の弟と、まだちゃんと彼の恋人になれない女の子の会話の場面は、とても美しかった。女の子は素直に彼のことを好きなのだが、彼はなぜか煮え切らない。彼女は自分の思いを韓国語で伝えようとする(彼女は韓国人ではない)。同じことばを日本語で聞くより遥かに強く切なく響くのはなぜなのだろう。敢えて本筋に直接関わらない人物に、作品の本質に迫ることばを言わせるところに作者の思いや願いがあるのかと思われた。

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