夢でも幻でもありません真実です。まずは解体工事の進捗状況です。
平成29年3月27日
外壁を残して中央部の解体が進んでいます。モノレールの軌道部分の断面の配筋の様子が分かります。前回の橋脚の
断面では周囲のみでしたが中心部にも鉄筋が入ってます。橋脚の鉄筋は20㎜でしたので同じものでしょう。
平成29年4月3日
解体工事の主役の鋼鉄の鋏です。崩した瓦礫を足場にして総掛かりで解体しています。
道路をまたぐT字型をした大きな橋脚の上の部分を小さく切って下ろしています。写真 右 の橋脚の目のような二つ
の穴はクレーンで吊るためのロープを通す穴です。
平成29年4月12日
解体がドンドン進んでいます。軌道とホーム部分がよくわかります。
普通の橋脚は三分割でしたが大きな橋脚は切り刻まれました。しかし重量はいずれも20トン程度です。これは20
トン積のトレーラートラックで搬出するためです。橋脚は土留めやテトラポットに再利用されることもなく、粉砕され
くず鉄とバラスとなります。普通の橋脚の太さがが1メートル強なのに対して大きな橋脚は2メートル弱あります。
このためつり下げるための穴があけられないのでフック打ち込んでて少し吊り揚げブロックの下にワイヤーを通してこれを
つり下げて地上に降ろしたそうです。大きな橋脚だけ足場が組まれた理由です。
平成29年4月19日
さすがにモノレール駅の大空間部分には太い鉄骨が入っています。それ以上に鋼鉄の鋏は強力です。
写真 右 橋脚の撤去工事が終わって作業スペースとなった架設盛り土の撤去が行われていました。
株式会社 広築の皆様お疲れ様でした。また色々教えていただきましてありがとうございました。
ちなみに 旧モノレール橋脚・橋桁撤去工事 橋桁撤去 3橋 橋脚撤去 4橋 のお値段は
77,056,000円でした。 予定価格は86,757,000円でした。
もしもモノレールが書写山まで延伸されていたら。
写真 左 モノレール船場駅から姫路城方面です。姫路城は若葉で見えなくなってしまいました。姫路城西駅までは
モノレールは桜の花の雲の上を飛ぶように走ります。
写真 右 二回目の姫路城はモノレール姫路城西駅からは千姫の小径を清水門方面に歩いてください。きっと新しい
発見があります。
今でも乗れる姫路(動物園)モノレール
姫路城をバックに快走するモノレールです。ずいぶん年季が入ってます。もしかしたらこちらが元祖姫路モノレール
かも知れません。モノレールの記念レールのおまけに動物園の入場券と乗物券を付けましょう。自虐ネタですがマス
コミで報道されれば知名度は全国区、予算のかからない企画です。試してみる価値はあります。次の塗り替えは是非、
青色に。
写真 左 桜の花をかすめて走るモノレール。正面には姫路城が。
写真 右 城下町姫路で有りそうで無い風景それは武家屋敷の白壁と堀の風景です。そこに桜があれば満点なんですが
実は世界遺産の姫路城には絵になる武家屋敷の風景がありません。明治9年に非常に大雑把ですが兵庫県(摂津国)飾磨県
(播磨国)豊岡県(但馬国)名東県(淡路国)の大合併での県庁所在地になり損ねた姫路が代わりにもらったのが陸軍で日清
戦争後は第10師団として師団司令部が置かれました。番外編 4 姫路モノレールだけでは無かった石見市長親子二代
の執念(2017.2.2)の明治41年の姫路地図をご覧下さい。上級武士の住んでいた武家地は全て軍用地になっています。
これが姫路城に武家屋敷が残っていない理由ですが、写真はいかにもそれらしい風景です。実は塀の中は野里小学校
です。白壁も新しいものですが姫路市も地道に努力をしています。野里門の西になります。堀は中堀です。三度目の姫路
城は是非ここにも足をお運び下さい。
番外編 13 高尾団地・姫路モノレール大将軍駅 解体工事完了 まとめ(2018.1.26) があります。
平成29年3月27日
外壁を残して中央部の解体が進んでいます。モノレールの軌道部分の断面の配筋の様子が分かります。前回の橋脚の
断面では周囲のみでしたが中心部にも鉄筋が入ってます。橋脚の鉄筋は20㎜でしたので同じものでしょう。
平成29年4月3日
解体工事の主役の鋼鉄の鋏です。崩した瓦礫を足場にして総掛かりで解体しています。
道路をまたぐT字型をした大きな橋脚の上の部分を小さく切って下ろしています。写真 右 の橋脚の目のような二つ
の穴はクレーンで吊るためのロープを通す穴です。
平成29年4月12日
解体がドンドン進んでいます。軌道とホーム部分がよくわかります。
普通の橋脚は三分割でしたが大きな橋脚は切り刻まれました。しかし重量はいずれも20トン程度です。これは20
トン積のトレーラートラックで搬出するためです。橋脚は土留めやテトラポットに再利用されることもなく、粉砕され
くず鉄とバラスとなります。普通の橋脚の太さがが1メートル強なのに対して大きな橋脚は2メートル弱あります。
このためつり下げるための穴があけられないのでフック打ち込んでて少し吊り揚げブロックの下にワイヤーを通してこれを
つり下げて地上に降ろしたそうです。大きな橋脚だけ足場が組まれた理由です。
平成29年4月19日
さすがにモノレール駅の大空間部分には太い鉄骨が入っています。それ以上に鋼鉄の鋏は強力です。
写真 右 橋脚の撤去工事が終わって作業スペースとなった架設盛り土の撤去が行われていました。
株式会社 広築の皆様お疲れ様でした。また色々教えていただきましてありがとうございました。
ちなみに 旧モノレール橋脚・橋桁撤去工事 橋桁撤去 3橋 橋脚撤去 4橋 のお値段は
77,056,000円でした。 予定価格は86,757,000円でした。
もしもモノレールが書写山まで延伸されていたら。
写真 左 モノレール船場駅から姫路城方面です。姫路城は若葉で見えなくなってしまいました。姫路城西駅までは
モノレールは桜の花の雲の上を飛ぶように走ります。
写真 右 二回目の姫路城はモノレール姫路城西駅からは千姫の小径を清水門方面に歩いてください。きっと新しい
発見があります。
今でも乗れる姫路(動物園)モノレール
姫路城をバックに快走するモノレールです。ずいぶん年季が入ってます。もしかしたらこちらが元祖姫路モノレール
かも知れません。モノレールの記念レールのおまけに動物園の入場券と乗物券を付けましょう。自虐ネタですがマス
コミで報道されれば知名度は全国区、予算のかからない企画です。試してみる価値はあります。次の塗り替えは是非、
青色に。
写真 左 桜の花をかすめて走るモノレール。正面には姫路城が。
写真 右 城下町姫路で有りそうで無い風景それは武家屋敷の白壁と堀の風景です。そこに桜があれば満点なんですが
実は世界遺産の姫路城には絵になる武家屋敷の風景がありません。明治9年に非常に大雑把ですが兵庫県(摂津国)飾磨県
(播磨国)豊岡県(但馬国)名東県(淡路国)の大合併での県庁所在地になり損ねた姫路が代わりにもらったのが陸軍で日清
戦争後は第10師団として師団司令部が置かれました。番外編 4 姫路モノレールだけでは無かった石見市長親子二代
の執念(2017.2.2)の明治41年の姫路地図をご覧下さい。上級武士の住んでいた武家地は全て軍用地になっています。
これが姫路城に武家屋敷が残っていない理由ですが、写真はいかにもそれらしい風景です。実は塀の中は野里小学校
です。白壁も新しいものですが姫路市も地道に努力をしています。野里門の西になります。堀は中堀です。三度目の姫路
城は是非ここにも足をお運び下さい。
番外編 13 高尾団地・姫路モノレール大将軍駅 解体工事完了 まとめ(2018.1.26) があります。