日銀の植田和男総裁が19日に行った会見で、現行の金融政策維持を決めた理由について、春闘に向けた情報やトランプ次期米政権の経済政策をめぐる不確実性が大きいことなどを挙げた。これに対してマーケットは植田日銀のハト派姿勢が強まったとみて、1月利上げの織り込みが66%から54%に低下。ドル/円は一時、157円台までドル高・円安が進んだ。
対照的に米連邦公開市場委員会(FOMC)やパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の会見に対する評価は「想定以上のタカ派傾斜」だった。このため日銀総裁会見後の市場では、19日の欧米市場でドル高・円安が一段と進むのではないかの見方が浮上しており、特にNY市場での動向に関心が集まっている。
<利上げ見送り、理由に挙げた春闘の動向と米経済政策の不確実性>
この日の植田総裁の会見で、市場関係者の注目が集まったのは利上げを見送った理由だった。植田総裁は「最近の経済・物価に関する各種の見通しは概ね(日銀の)見通しに沿って推移している」と述べて「オントラック」の状況であることを認めつつ「賃金と物価の好循環を確認していくという視点から、来年の春季労使交渉に向けたモメンタムなど今後の賃金動向について、もう少し情報が必要と考えた」と述べた。
さらに「米国をはじめとする海外経済の先行きも引き続き不透明であり、米国次期政権の経済政策をめぐる不確実性は大きい」とも指摘。これらを踏まえて政策の維持を決めたと説明した。
<市場の利上げ織り込み、来年1月は66%から54%に低下 157円台まで進んだ円安>
複数の市場関係者は、1)1月23、24日の次回会合までに春闘の流れが明確に判明する可能性は低い、2)トランプ政権の関税をはじめとする政策の不透明感は、次回会合までに晴れる可能性が極めて低い、3)現状で輸入物価の上昇は抑えられていると繰り返して155円程度の円安は容認したとの印象を与えた──と指摘し、日銀のハト派姿勢がより鮮明になったとの受け止め方を示した。
実際、日銀の利上げに対する市場の織り込み度合いは、植田総裁の会見前に1月が16.5ベーシスポイント(bp)、3月が23bp(92%)だったが、会見終了後に1月が13.5bp(54%)、3月が20bp(80%)へとそれぞれ低下。ドル/円は157円台までドル高・円安が進んだ。
植田総裁は会見で、春闘に関して賃上げのモメンタムを見たいと言ったのは、来年3月11日に発表される大企業の集中回答まで待つのではなく、それまでの間に得られた情報でも判断は可能との趣旨の発言をしたが、マーケットで生じた「ハト派」との印象を覆すことにはならなかった。
<FRBのタカ派傾斜に反応した市場>
円安が加速した背景には、日銀とは好対照とも言えるFRBの「タカ派」傾斜が市場を驚かし、日銀のハト派姿勢とFRBのタカ派姿勢が組み合わさって、ドル高・円安が進むとの市場心理を強めた点がある。
市場にとってのサプライズは、1)パウエル議長が「ここからは新たな段階で、追加利下げに慎重となる」と述べたこと、2)25年の政策見通しで1人のメンバーが「据え置き」を予想して、利下げ停止の可能性を探る見方が市場で増えたこと、3)インフレ刺激的なトランプ次期政権の政策効果を見通しに織り込んでいないとパウエル議長が明らかにしたこと──だった。
<植田総裁が言及した「もうワンノッチ」の材料>
植田総裁はさらに、基調的物価上昇率の上昇が「極めてゆっくりである」と説明し、期待インフレ率の上昇もゆっくりであるため、利上げのペースを長い期間の中で適切に決めていこうとしているとも述べた。筆者は、この点も日銀のハト派イメージを強め、1月の利上げ織り込みを低下させたとみている。
つまり、実質の政策金利が極めて大きい中で、経済や物価の見通しがオントラックであるなら、緩和度合いを着実に調整していく、という日銀のこれまでの説明に対し、マーケットが疑念を持った可能性があると指摘したい。
植田総裁は、次の利上げに関して「もうワンノッチ」の材料が欲しいと述べたが、そのワンノッチの確証を得るために、かなりの時間を要しても問題ないとみている、と市場は認識したのではないか。
<来年も政治の年、円安・物価上昇嫌う政府・与党から圧力も>
植田総裁は輸入物価の前年比上昇率が抑制されていることを繰り返し説明したが、足元で進む円安が一定のタイムラグを伴って輸入物価を押し上げる可能性があると筆者は考える。利上げ材料を慎重に見極めている間に円安が急進展すれば、日銀をめぐる内外の情勢も急変するリスクがある。
2025年夏には参院選やその前に東京都議選という政治イベントが控えるが、物価上昇が選挙にマイナスと政府・与党が受け止めれば、物価上昇の原因は円安であり、その進行を緩和するために「利上げをするべき」と日銀に圧力をかけてくる可能性も相応にあると筆者は予想する。
慎重に構えていると、後々、利上げの幅が大きくなるというリスクも存在する。これからの日銀は、賃金と物価の前向きの循環が途切れないように目配りしつつ、円安という「副作用」が想定を超えないよう絶妙なバランスを求められると考える。