腐った林檎の匂いのする異星人と一緒
17 昼下りの嗅覚器
雨が上がった。眩い。
交差点で俯く。信号の変わるのを待ちながらずるりと引き出したポケットの底には小さな穴が開いていて、そこから触角のようなものが出ているのを見たとき、「ああ、またか」と悲しい気がしたけれど、「悲しいよ」と呟く相手は思いつかず、信号が変わったのに気づかず、ポケットを元に戻すかどうか、迷いつつ、戻っていく触角に刺される太腿の痛みを思って動けなかった、しばし。
ああ、またか。特に意味はない。傷ついたレコード盤の針飛びのように、同じ音が繰り返し聞こえる。空耳だけど。
指を鼻に近づけ、嗅いでみる。どこかで嗅いだことがある。何の匂いだったか。誰の匂いか。
信号が変わった。でも、動かない。最初の一歩を踏み出せない。
ああ、またか。すでに視線は濡れた横断歩道を燕のように低空で渡りきっているのに。
煉瓦色の銀行の前の街路樹の揺れる葉陰に、ジャンヌが立っている。
(終)