モロシになりそう。
~目黒祐樹
ある音楽家の名前を思い出せなかった。〈海〉という字が頭に浮かんだ。ただし、その字が当たっているようには思えない。調べたら、すぐにわかった。〈海〉ではなく、〈洋〉という字が含まれている。
名前はわかったが、どうもしっくりと来ない。
同じ名字で嫌いな人がいたのを思い出した。ただし、嫌いな理由は特にない。口を利いたこともない。その人は私を嫌っていたらしい。嫌われても平気だった。
一時間ほどして、ある女優のことを思った。やはり名前が出てこない。名字の一字を思い出したが、もう一字が思い出せない。彼女のことは、好きでも嫌いでもない。しばらくして、下の一字は違うが同じ読みの元政治家の名前を思い出した。その人のことは大嫌いなのだが、名前を忘れたことはない。印象が強いからだろう。
その女優と同じ名字の少年の顔が浮んだ。ところが、すぐに別の少年の顔が思い出された。その少年の名前は覚えていない。先に思い浮かべた少年の顔が嘘っぽく思えて来て、そんな奴がいたという感じが薄れていった。そして、また別の少年の顔が浮んだ。彼の名前は覚えている。全然違う名前だ。
女優の名字は思い出せたが、下の名前が思い出せない。三字のカタカナが浮かんだ。平仮名だったか。音は合っているはずだ。漢字で二字だろう。そう思ったら、すぐに思い出せた。
パンデミックになってから、急に名前が思い出せなくなった。ウクライナのごたごたのせいで、さらに頭がおかしくなった。
温暖化のことなら、十数年前から諦めている。80年代に「月刊プレイボーイ」で温暖化の記事を読んだ。〈温暖化が肌で感じられるようになったら手遅れだ〉みたいなことが書いてあった。
温暖化のことは諦めても、猛暑には耐えられない。ぼうっとしてしまう。思考が鈍る。だが、物忘れとは関係がない。
物忘れの原因は老化だけではなさそうだ。嫌なことは気にしないようにしているからだろう。ところが、嫌なことを思い出さないのではなくて、嫌なことに関連した言葉を思い出せなくなっている。本末転倒だ。
素直になろう。そう思った途端、ある男優の名前を思い出した。数か月前から思い出そうと努力していた。彼の兄も俳優だ。その兄の名前を思い出せば、弟の名前も思い出せそうだ。なぜなら……。目黒祐樹。
最初のルバン三世役だ。映画は観ていない。観たくなかった。漫画の雰囲気と違っていそうだからだ。なぜ、違うと思ったのか。アニメが違っていたからだ。腹が立つほど、違う。なのに、何本も作られている。アニメ・ファンは原作を読んでいないのか。あるいは、原作のあの物憂い雰囲気を感じ取ることができないのか。
まあ、いいや。
どうせ、手遅れだ。
(終)