こんばんは。
河内の昔話シリーズです。
「月夜のコイ」
それはそれは、月の美しい初冬の夜更けでした。
ヒタヒタ ヒタ 眠そうな草履の音をたてて、弥太さんが樋の本(ひのもと)の舟着場にやってきました。
今日は天満の町へ肥を汲みに行く日です。舟着場につないでいる剣先舟には、たくさんの肥たんごが積みこまれています。
肥を運ぶためのたんごは、直径10cm位の穴を開けた上ふたをきっちりとはめ込み、穴は丸太を切って栓をして動かしても肥がこぼれないように工夫されているのです。
その舟を、一本の竹竿で天満まで川を往復するのです。往きは、流れにのっていくうえ、たんごは空っぽですから楽なのですが、帰りは肥のたんごを積み、流れに逆らってこぐのですから大へんな重労働です。
大阪の人たちが暁前の夢をむさぼっている時刻に、家々の大小便を汲みに回る仕事は、河内農民の重要な肥料を得る手段でした。
その時、弥太さんは、川に入ってピチャピチャと音を立てている人影を見たのです。
「だれやろう。いま時分おかしな事をしてー」
と、月の光に透かして見ました。その人影は、近所の作じいさんらしいのです。甚平らしいものは岸に放りぱなし、その横に草履が片方裏返しになって夜の湿りを吸っています。
作じいさんは背を丸めて、魚でも捕まえるようなかっこうをしているのです。
「作じいさん、作じいさん」
大声で名を呼びましたが耳に届かなかったのか、じいさんはなおもざわざわと、深い所へ入っていきます。もう腰のところまで、冷たい水につかってしまいました。
「なにをしてなあんねん。作じいさんー」
とどなりました。
やっと弥太さんの声が聞こえたのか
「コイが。どえらいコイが、ほれ、ここにいよりまんねん」
振り向きもしないで作じいさんは答えます。
弥太さんは、じいさんの指す方をじっと目を凝らして見たのですが、月明かりではコイの姿など見えるはずもありません。
「アッ」。弥太さんは気がついて大声をあげました。
〝樋の本のキツネは、コイに化けるんや。そして、ぴちぴち銀鱗(ぎんりん)を光らせて人を川に誘い込み、だんだん深みへ連れていく〟と聞いている。これは、きっとキツネにだまされてんのやー、と慌てて作じいさんを岸に引き上げました。
やっと我にかえった作じいさんは、それから長い間床にふせることになってしまいました。
河内の昔話シリーズです。
「月夜のコイ」
それはそれは、月の美しい初冬の夜更けでした。
ヒタヒタ ヒタ 眠そうな草履の音をたてて、弥太さんが樋の本(ひのもと)の舟着場にやってきました。
今日は天満の町へ肥を汲みに行く日です。舟着場につないでいる剣先舟には、たくさんの肥たんごが積みこまれています。
肥を運ぶためのたんごは、直径10cm位の穴を開けた上ふたをきっちりとはめ込み、穴は丸太を切って栓をして動かしても肥がこぼれないように工夫されているのです。
その舟を、一本の竹竿で天満まで川を往復するのです。往きは、流れにのっていくうえ、たんごは空っぽですから楽なのですが、帰りは肥のたんごを積み、流れに逆らってこぐのですから大へんな重労働です。
大阪の人たちが暁前の夢をむさぼっている時刻に、家々の大小便を汲みに回る仕事は、河内農民の重要な肥料を得る手段でした。
その時、弥太さんは、川に入ってピチャピチャと音を立てている人影を見たのです。
「だれやろう。いま時分おかしな事をしてー」
と、月の光に透かして見ました。その人影は、近所の作じいさんらしいのです。甚平らしいものは岸に放りぱなし、その横に草履が片方裏返しになって夜の湿りを吸っています。
作じいさんは背を丸めて、魚でも捕まえるようなかっこうをしているのです。
「作じいさん、作じいさん」
大声で名を呼びましたが耳に届かなかったのか、じいさんはなおもざわざわと、深い所へ入っていきます。もう腰のところまで、冷たい水につかってしまいました。
「なにをしてなあんねん。作じいさんー」
とどなりました。
やっと弥太さんの声が聞こえたのか
「コイが。どえらいコイが、ほれ、ここにいよりまんねん」
振り向きもしないで作じいさんは答えます。
弥太さんは、じいさんの指す方をじっと目を凝らして見たのですが、月明かりではコイの姿など見えるはずもありません。
「アッ」。弥太さんは気がついて大声をあげました。
〝樋の本のキツネは、コイに化けるんや。そして、ぴちぴち銀鱗(ぎんりん)を光らせて人を川に誘い込み、だんだん深みへ連れていく〟と聞いている。これは、きっとキツネにだまされてんのやー、と慌てて作じいさんを岸に引き上げました。
やっと我にかえった作じいさんは、それから長い間床にふせることになってしまいました。
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