こんにちは。
さむ〜〜い。
寒いです。あきません。
気管支疾病のため、寒暖の差が激しいと厳しいです。
年末です。皆様もご自愛ください。
さて、河内國の昔話です。
今回は「預かった赤ん坊」というお話です。
めっきり冷える秋の夜でした。加納村の源太さんは、妹のお里さんが産気づいたとの知らせで、お見舞いに行こうと夜道を急いでいました。おかげ灯ろうの横を曲がろうとしたとき、宇波神社の方から近づいてくる人影をみました。
灯ろうのあかりに照らし出されたその影は、見たこともない美しい女の人でした。「ついそこまで、急いで行かんなりまへん。この子を、ちょっとの間お願いもうしま」女の人の言葉には、断ることのできない強い響きがあります。源太さんは、思わず両手を出して受け取りました。女の人はせかせかと急ぎ足で南のやみに消えていきました。
源太さんは、とんでもないものを預かったと思ったのですが、かわいい赤ん坊の寝顔には見とれてしまいました。どれだけ時間が過ぎたのでしょう。赤ん坊が急に重たくなってきたのです。びっくりして赤ん坊を見ましたが、寝顔はかわりません。その間にも、赤ん坊は石のように重くなってきます。あまりの重さに放り出したくなるほどで額には油汗がにじんできました。
もうこれ以上は耐えられないと思ったそのとき、すうっと一度に軽くなったのです。やれやれと思って赤ん坊を見ました。赤ん坊は相も変わらず、気持ちよさそうに眠っています。まもなく女の人が疲れた様子で帰ってきました。そして丁重に礼を言い、赤ん坊を受け取ると神社の方へ帰っていきました。
ほっと息をついた源太さんは、「えらいおくれてしもうた……」と、お里さんの家へ急ぎました。お里さんは、無事に男の子を産みおとしていました。「やれやれそれはめでたい」と喜んで赤ん坊の顔をのぞきこんだ源太さんは、声も出せず息をのみました。赤ん坊は石のように重くなった先ほどの赤ん坊の顔にそっくりなのです。
その上、お産の様子を聞いて、またまたびっくりしてしまいました。ひどい難産だったのです。母子ともに死ぬのではないかと思うほどにお里さんの苦しんだその時刻には、源太さんが預かった赤ん坊が石のように重くなったときです。やっと生まれたときは、腕が急に軽くなった時刻でした。あの女は、いったいだれだったのでしょう。
加納の村人が五穀豊穣を願う氏神さまは、孝元天皇の妃(きさき)で河内青玉繋(かけ)のむすめ埴安媛(はにやすひめ)さまだといわれています。その女神さまが、赤ん坊を源太さんに預けた女(ひと)で、あの夜氏子であるお里さんの難産を救って下さったに違いないと、村人たちは今でも信じています。
さむ〜〜い。
寒いです。あきません。
気管支疾病のため、寒暖の差が激しいと厳しいです。
年末です。皆様もご自愛ください。
さて、河内國の昔話です。
今回は「預かった赤ん坊」というお話です。
〜預かった赤ん坊〜
めっきり冷える秋の夜でした。加納村の源太さんは、妹のお里さんが産気づいたとの知らせで、お見舞いに行こうと夜道を急いでいました。おかげ灯ろうの横を曲がろうとしたとき、宇波神社の方から近づいてくる人影をみました。
灯ろうのあかりに照らし出されたその影は、見たこともない美しい女の人でした。「ついそこまで、急いで行かんなりまへん。この子を、ちょっとの間お願いもうしま」女の人の言葉には、断ることのできない強い響きがあります。源太さんは、思わず両手を出して受け取りました。女の人はせかせかと急ぎ足で南のやみに消えていきました。
源太さんは、とんでもないものを預かったと思ったのですが、かわいい赤ん坊の寝顔には見とれてしまいました。どれだけ時間が過ぎたのでしょう。赤ん坊が急に重たくなってきたのです。びっくりして赤ん坊を見ましたが、寝顔はかわりません。その間にも、赤ん坊は石のように重くなってきます。あまりの重さに放り出したくなるほどで額には油汗がにじんできました。
もうこれ以上は耐えられないと思ったそのとき、すうっと一度に軽くなったのです。やれやれと思って赤ん坊を見ました。赤ん坊は相も変わらず、気持ちよさそうに眠っています。まもなく女の人が疲れた様子で帰ってきました。そして丁重に礼を言い、赤ん坊を受け取ると神社の方へ帰っていきました。
ほっと息をついた源太さんは、「えらいおくれてしもうた……」と、お里さんの家へ急ぎました。お里さんは、無事に男の子を産みおとしていました。「やれやれそれはめでたい」と喜んで赤ん坊の顔をのぞきこんだ源太さんは、声も出せず息をのみました。赤ん坊は石のように重くなった先ほどの赤ん坊の顔にそっくりなのです。
その上、お産の様子を聞いて、またまたびっくりしてしまいました。ひどい難産だったのです。母子ともに死ぬのではないかと思うほどにお里さんの苦しんだその時刻には、源太さんが預かった赤ん坊が石のように重くなったときです。やっと生まれたときは、腕が急に軽くなった時刻でした。あの女は、いったいだれだったのでしょう。
加納の村人が五穀豊穣を願う氏神さまは、孝元天皇の妃(きさき)で河内青玉繋(かけ)のむすめ埴安媛(はにやすひめ)さまだといわれています。その女神さまが、赤ん坊を源太さんに預けた女(ひと)で、あの夜氏子であるお里さんの難産を救って下さったに違いないと、村人たちは今でも信じています。
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