今年のJRAを振り返ると、馬券的な妙味ではなく「強い馬が勝つ」という意味での The Race of the year は、天皇賞・秋か、あるいはジャパンカップだったかなと思います。いずれも勝ったのは、承知のとおりイクイノックスで、今年はドバイも勝ちましたし、世界ランキングでも1位になりましたので、「最強」にふさわしい一年でした。陣営にその気があったかどうかわかりませんが、残る高みは、日本競馬の悲願である凱旋門賞制覇でしたが、残念ながら引退となりました。もし、イクイノックスが凱旋門賞に挑んだらどんな結果になるかは、想像するしかありません。
日本のスピード競馬に強い上に、欧州のパワー競馬でもトップに立つ――そういう日本馬は現状ではなかなか出て来ないですね。私はそんなに血統に通じているわけではありませんが、イクイノックスの血統表を見ると、母方にトニービン(欧州血脈)がいるものの、全体としてはリファールやヘイローのクロスが効いて、あの超絶のスピードが出ているのでしょう。とすれば、本質的には日本の競馬に合う「マイラー系」の馬なのかな、という感じがしていて、世界ランク1位でも、欧州競馬の最高峰・凱旋門賞で頂点に立てるかどうかは、疑問なしとしません。このあたり、日本・欧州(・米国)の競馬で活躍する血統について、「専門家」の見解はだいたい以下のとおりだと思います。話の内容が「20世紀」なのでいかんせん古いですが、今でも通用する面はあると思いますので、少々引用してみます。
……「ヨーロッパで成功する血統」
「日本で成功する血統」
このふたつが結びつかなくなって久しい。そのむかし日本の競馬がスタミナ優先だった時代は、ヨーロッパで実績ある血統がそのまま日本でも反映し、これとは逆にアメリカの流行がそのまま反映するというわけでもなかった。
ところが(日本が)スピード優先の競馬に移行し、サラブレッドの質が向するにつれ、逆転現象がうまれ、いまは「アメリカで成功する血統」や「アメリカで成功する配合」が日本にストレートに結びついている。
このヨーロッパと日本の矛盾を、ノーザンダンサーの血が解消してくれたこともあったが、時代が移るにつれてヨーロッパに根づいた一流血統がふたたび日本に反映しなくなった。なぜ、こうした矛盾が生じるのか。
その大きな理由は、ヨーロッパの競馬と日本の競馬の形態のちがいにあるだろう。日本の形態は、アメリカとヨーロッパの中間にあるといわれるが、どちらに似ているかといえば、やはりアメリカである。中間とされるのはアメリカ競馬がダート主体のためで、それをのぞけば日本はアメリカにきわめてよく似ている。
イギリスは自然の丘陵を利用してコースを設けているため、アップダウンが多くコースも不定形で、いってみればクロスカントリーのようなコースで競馬がおこなわれる。一方、日本もアメリカも、オリンピックの陸上競技場のトラックのようなコース、つまり楕円形コースで競馬がおこなわれる。
その多くが小回りの、コーナーのきつい楕円形で、したがってコーナーリングの器用さが要求され、また発走地点からすぐ第一コーナーを迎えるため、スタートセンスも重要な要素となってくる。
これにくらべてイギリスの競馬コースは広びろとしており、また発走地点からすぐにコーナーが待っているわけではなく、コーナーリング器用さやスタートセンスといったものはそれほど勝敗を大きく左右しない。
ヨーロッパでもとくにイギリスのコースは、スタミナや力強さや持久力を必要とする重たいハードな馬場である。ゲートから出るとほとんどが前半はスローペースで進んで、最後の直線で勝負を決する競馬だが、ハードな馬場を走るため、途中でスタミナの消耗度が激しく、日本のようにスタートから飛ばしてそのまま逃げきってしまうような馬はほとんどいない。
これにたいして日本はスピードが出やすい軽い馬場で、コースに坂があるといってもイギリスの坂にくらべれば平坦同様である。このためスタートからガンガン飛ばしても最後までなかなかバテない。アメリカのダートコースもスピードの出やすい構造になっており、力強さや持久力やスタミナではなく、日本の芝コースと同じくスピードや瞬発力、スタートセンスやコーナーリングの器用さが要求され、先に行った方が有利であるという点で共通している。
したがってスタートのダッシュ力のにぶい馬、すなわちスタートでいつも出遅れてしまう馬は展開に左右され、競走能力が高くても取りこぼしが多くなる。……
スタートで出遅れてむりに先に行こうとすれば、そこで余計な体力を使ってしまう。そのぶんゴール前の攻防で詰めが甘くなってしまうのである。下級レースでは能力で勝ってしまうこともあるが、レベルの高いメンバー相手ではそうもいかず、スタートの出遅れは致命的となってくる。
すなわち日本とイギリスでは、名馬や名種牡馬に育っていくうえで重要視される資質に異なりがあるのだ。日本はどちらかといえばマイラーとして優れた資質をもった馬のほうが有利で、それがヨーロッパで成功した血統が日本に来て生きなかったり、逆にヨーロッパで埋もれていた血統が日本で開花したりする秘密だろう。
……古くはパーソロンとテスコボーイの二大種牡馬がそうだった。
いずれも日本にスピード革命をもたらした種牡馬だが、本質的にマイラーであったため、ヨーロッパでは一流半か二流のあつかいを受けていた競走馬であり、血統であった。ところが日本ではそのマイラーとしての資質が抜群の威力を発揮し、それどころか適性距離までも大幅に伸ばし、2400メートル級はもちろんのこと、3000メートル級の大レースの優勝馬まで次つぎと出していった。
これは軽い馬場と小回りの楕円形コースによるところが大きい。コーナーを回るごとにペースダウンするため、そこで息をぬくことになってスタミナの消耗度が軽減され、イギリスのハードなコースで苦戦していたマイラー血統でも、日本なら距離をこなしていくのである。(以下略)
(吉沢譲治『競馬の血統学』、NHK出版、2001年、156-160頁)
さすがにパーソロン(シンボリルドルフの父)とテスコボーイ(トウショウボーイやサクラユタカオーの父)は、サンデーサイレンスが日本の競馬を席捲する前、1980年代の話なので、いくらなんでも古すぎます。馬の1年が人間の4年に相等するとすれば、人で言えば100年、すでに3・4世代が経過し、サンデー系でさえすでに孫の代に入っているのですから。
サンデーの孫と言えば、牝馬のスルーセブンシーズが今年凱旋門賞に挑戦して惜しくも4着でした(有馬は残念ながら12着と大敗でしたが)。日本のスピード競馬に適合的なサンデー系でも、スルーセブンシーズの父ドリームジャーニーはやや異質かもしれません。同じステイゴールドの産駒では、凱旋門賞2着だった“あの”オルフェーヴルがいます(ドリームジャーニーの全弟)。ステイゴールドがジリ脚で結局日本のGⅠを獲れずに終わったものの、海外のドバイと香港では見事GⅠ勝ちしているのは何とも示唆的です。日本の馬たちの血統が「スピード競馬寄り」の配合だとしても、中には、ステイゴールドのように海外でこそ、の馬が含まれているかもしれません。そういう馬を見出すのも来年の競馬の楽しみです。もちろん凱旋門賞を勝つ、これは「宿願」です。
ということで、今日はレースの回顧や予想から離れた内容になってしまいましたが、こんなところで止めておきます。今年は1月5日でなく、6日がJRAの初日なので、開幕までにはまだ余裕があります。明日の大晦日はブログはお休みにして、レース展望は年が明けてから再開することにします。本日もお読みいただきありがとうございました。どうかよい年をお迎えください。
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