散文的で抒情的な、わたくしの意見

大河ドラマ、歴史小説、戦国時代のお話が中心です。

なぜかブログが発禁状態

2016年08月21日 | 日記
このブログが突然閲覧できなくなりました。

編集ページによると、「なにか不都合」があったとのこと。

つまり発禁処分です。(あとで誤解と分かりますが)

ドラマの件で猟奇殺人について書いた。

戦争のことで天皇の戦争責任にやんわりと言及した。

これぐらいしか覚えがないのですが、どれも過激な点は一切なく、全く発禁になった理由が分かりませんでした。

で、カスタマーセンターにメールせよ、とあるので、「どこが悪いのか全然わかりません。悪い表現を指摘してもらえれば、すぐに直します。」

とメールしました。

回答は、「機械が自動的に閉鎖処分をすることがあります。閲覧可能にしました。」とのこと。何が悪いという指摘はありませんでした。

つまり、誤解だったらしいのですが、機械が何を判断したのか。今でも分からないままです。

「機械の怒りを招いた」らしいのですが、不思議です。

こんな穏健なブログはないと思うのだけれども。

ON 異常犯罪捜査官 藤堂比奈子  感想

2016年08月11日 | ドラマ
感想というか、悪口になるので、この作品が好きな方は読まない方がいいと思います。

昨日の夜、ためこんだ録画を見てみたのですが、あまりに「チープ」(安っぽい)で、びっくりしました。

遺体がグロテスクすぎるという批判が、TV倫理機構に寄せられているようです。アメリカの「骨は語る」とか「クリミナルマインド」に比べて、そうグロテスクとも思いませんが、なにしろ脚本がチープすぎて、

あんな安っぽい犯人に、殺されて、ほとんど意味なくグロテスクに晒されては、はかわいそうだ、とは思います。

「怖さ」というのは「正常と異常の境界にいる犯人」がかもしだすもので、異常な人間が異常な殺人をしても「当然」だ、というよりありません。ちなみにオチである中島医師も最初から異常で、やっぱり異常です。少しも内面からでる怖さがない。チープです。

犯罪の背後に、マインドコントロールのようなことをしている「黒幕」がいることは、一話から分かってましたし、それが二人の心療内科医だってことも、一話の時点で明確でした。

最新話では、その黒幕が、まあ予想通り診療内科医だってことが分かります。主導してたのが助手の方だったってのが、オチみたいなんですが、一話を見ただけで、そんなこと分かってました。

動機もなんだかよく分かりません。分からないというか単純すぎます。この分からないは、難しいではなく、簡単すぎてバカバカしいという意味です。

「潜入」とかいう用語がでてました。犯罪者の心理に入り込むってことみたいですが、沙粧妙子の出来の悪いパクリです。

見なければいいじゃん。と自分でも思いますが、日本の猟奇ものってどんな風になっているのか、少し興味があったし、主演の「はる」さんは決して嫌いではないので、見てみました。

相棒の横山君の演技も「ずっと同じテンション」だし、脇のベテランたちも「いい味だしていない」わけで、「見るに耐えない作品」になってしまっています。

原作とは違うみたいなので、脚本家がバカすぎるのでしょう。

遺体がグロテスクな割りには、登場人物がチープなので、迫ってくるものが何一つありません。

明らかに全体が沙粧妙子のパクリなんですが、脚本家はあの作品の本質を何も分かっていません。どうせパクるなら、もっとリスペクトが欲しいと思います。




昭和は本当に良い時代だったのか。

2016年08月07日 | ドラマ
結論から書くと、良い時代じゃありません。

戦前は当然として、高度成長期だってダメです。なにしろ公害がひどすぎた。政治もひどい。金権腐敗が当然の体制でした。

昭和が良かったという人がいますが、自分が若かったからだと思います。私だって若くはなりたい。でも、若くなるなら、昭和ではなく、今の時代で若くなりたいと思います。

先ほど、公害の問題は書きました。人情が厚かったなんても幻想です。私は比較的「幸福な子ども時代」を過ごしましたが、人の心が温かったなんで思い出はありません。逆に冷たかった思い出ならあります。

貧困に起因する犯罪が多い。差別がまかり通っている。少年による殺人事件だって、過去の方がケタ違いに多いのです。貧困に起因する少年犯罪ですね。少年犯罪(殺人)が増えたってのは幻想で、数を調べればすぐに現実が分かります。

生活を考えると、(東京の話)

水がまずい。カルキの匂いがする。
停電がある。一般の家では、蛇口をひねるとお湯がでる、なんてことはない。
だいたい風呂がない家も沢山ある。
たまに水さえ止まる。ガスだけは何故か止まらない。

昭和45年ごろまで、一般的にTVは白黒だった。カラーテレビは異常に高かった。むろん録画装置なんてない。クーラーも大金持ちの家にしかなかった。

TVに絞ると、地上デジタルになるまでは、「なんとなく二重に映っている」のが当然で、今の画面を見慣れたら、もうあの時代の映像なんて見るのは苦痛になります。

パソコンも当然ない。パソコンという言葉がない。ずっと後になってマイコンという言葉ができる。ネットなんて当然ない。調べものは大変です。

パソコンが家庭に入ってきたのは1995年以降で、本格的に入ってきたのは2000年以降です。1995というのは明確で、ウィンドウズ95が発売された年です。ちなみに初期のネット回線は電話回線でした。異常なほどに遅い回線です。

携帯電話なんてあるわけない。まあ、私は電話嫌いなので、携帯電話は必要ないのですが。

とにかく今よりずっと暗い時代です。貧乏くさくて暗いのです。「かぐや姫の歌」の世界です。「かぐや姫」は音楽バンド名です。赤ちょうちんで有名です。

昭和に戻りたいなんて気持ちは、私には全くありません。ただ年が若くなるなら、我慢してあの時代に戻ってもいいかなとは思います。相当の我慢が必要です。


映画 ヒトラー最期の12日間

2016年08月05日 | ドラマ
第二次世界大戦の「戦争責任」に関する私の意見は、比較的単純です。枢軸国、連合国双方に責任がある。ただし、巻き込まれた国にはない。というもの。

従って、日本の天皇にも米国のルーズベルトにも戦争責任はある。とまあ単純で図式的です。

ただし「巻き込まれた国」はどこか、については微妙です。東南アジアはほぼそういう国々でしょう。朝鮮もそうです。ただし中国だけは違う気がします。中国は火種になって戦争を呼び込んでしまいました。政治の近代化が遅れたからです。近代化が遅れたことが「責任か」については、難しい問題だと思います。

さてヒトラー。名を聞くのもおぞましい人物です。で、「ヒトラー最期の12日間」という映画の存在は知りながら、見ようとは思いませんでした。

ところが、アメリカ制作かと思っていたら、ドイツ制作です。ドイツなら、ネオナチ風のヒトラー礼賛はないだろうと、思い、見ることにしました。

事実を、追いかけている感じの映画です。

ソ連がベルリンに迫ってからのヒトラーが描かれており、またナチの姿も描かれています。

本当に事実通りなのかどうかは、分かりません。

ヒトラーは、ちょび髭の小男が演じており(国民的スターらしいのですが)、みっともなく錯乱しています。ただ気になるのは、「その他の人々」が比較的冷静かつ知的に描かれていることです。

ゲッベルスなども狂信的な感じがあまりありません。みっともなく錯乱しているのはヒトラーだけで、その他の人々は冷静だったり潔かったりします。

これが事実なんだろうか、と思います。で、調べてみると案の定、「ナチの描き方」については、色々批判があるようです。明確な嘘もあるとのことです。

よくドイツ政府が許したな、という感じはしますが、ヒトラーは徹頭徹尾みっともないので、許可が下りたのかもしれません。

最近になってニュルンベルク裁判のことを少し調べたりしています。東京裁判について、本を読んだり、何度も映画を見たりして知っているのですが、考えてみるとニュルンベルク裁判のことは少しも知りませんでした。

そんなこんなでナチについて少し調べると、日本の事情とは大分異なっています。東京裁判においては被告たちに対し、確かこういうことが言われました。

「ニュルンベルクの人殺しどもとは違っている。しかし、だからこそ、彼らよりは知性的な存在であるからこそ、やったことの責任はとらないといけない」と。

さて、映画に戻りますが、ネオナチが何より嫌いなこの私が、最後まで見られたのですがら、ナチ礼賛の要素は限りなく少ない作品です。

多少の嘘はあるのせよ、歴史の勉強にはなる作品で、見ても特に損はしないと思います。




真田丸関係  大阪落城の定説と新説

2016年08月01日 | ドラマ
近頃は、日本史に関してやたらと「新説」がでてきます。そして主に新説は「定説」とか「俗説」を打ち消します。

坂本龍馬を利用したのはむしろ薩摩の方だった。
とか
長篠の戦いの三段打ちはなかった、もともと武田騎馬軍団なんてものがない。
とか
「天下」とは京都周辺のこと。信長の「天下布武」とは「京都周辺を武をもっておさえる」というだけのこと。

とかいうものです。

現時点における歴史上の人物のイメージ、特に戦国については司馬さんの著作が作り出したものです。(司馬さんが集大成したという意味)

だから「新説」は本当はあまり好きじゃないのです。斉藤道三はやはり「一介の油売りから美濃の国主になった」人物であってほしいのです。

関ケ原後の家康について、いくつかの新説を読みました。妙に堅苦しい学術的なものもあれば、「私はこう思う。私が新説を発見した。」という「うさんくさい」ものもあります。

おもしろいと思ったのは、関ケ原後の「外様」と「譜代」の置き方についてです。言われてみればおかしいのです。日本を東と西にわけた場合、ほとんどの譜代は関ケ原直後は「東」に配置されました。

一方、外様はほとんど西で、しかも外様の領地は「大きい」のです。

これでは大阪城の秀頼を擁して徳川幕府に逆らえ(直後には幕府はありませんが)と言っているようなものです。

西にも譜代並みの土佐の山内家みたいのもありますが、総じて西は徳川の敵ばかりです。

また、関ケ原から大阪落城まで15年。これもおかしいと言えばおかしい。家康は健康オタクでたまたま大阪落城の一年後まで生きましたが、当時の常識として関ケ原後15年も生きるとは本人だって思っていなかったはずです。

色々考えてみると、関ケ原直後は「豊臣を残すつもりでいた」、つまり自分は源頼朝となって東国を支配し、西国は天皇家と関白(豊臣秀頼)に支配をまかせる。伝統的な日本の二重権力構造を家康は考えていたのではないか。

大阪落城の事実を知っている私たちは、その事実から逆算して、関ケ原直後から「家康は長い時間をかけて豊臣をつぶす機会を狙っていた」と思っているが、そうではないのではないか。

このあたり、大河の描き方も色々で、最初からつぶすつもりの悪人家康もいますし、秀頼と会って秀頼の成長に驚き急につぶすことにした、という描き方もあります。

山岡荘八さんの「徳川家康」だと、秀頼親子の命を助けるつもりだったのに、秀忠が勝手に殺したということになっています。それで家康が激怒する。でもそうなると秀頼の遺児である国松を探し出して、首をはねた事実と大きな矛盾が生じます。

私自身の意見があるわけではないのです。ただ「新説にしてはなかなか興味深い」と思っただけです。二重権力構造構想説が。

ただ、家康は自分の存命中は豊臣をつぶしたくなかったのかな、とは思います。二代目の秀忠の代になれば、豊臣の家臣だった自分とは違って比較的自由に振る舞える。また、各大名も「代変わり」しているから、各大名の豊臣への「個人的な恩義」は薄くなる。

自分が死して後、秀忠に豊臣を処分してもらいたかった、でもあまりに長く生きすぎた。結局、存命中に豊臣をつぶすことになってしまった。

これは「新説」でもなんでもなく、私のただの「思いつき」です。