昨日、金沢市民大学へ行って来た。
元オリンピックのフィギュア選手鈴木明子の「新しい自分を生きる~ひとつひとつ、少しずつ~」というタイトルでの話だった。私のすぐ横に耳の悪い人のためのスクリーンがある。大きな字で講師が喋っていることをプロジェクターで映し出す。講師の言っていることが良く分からないとこのスクリーンを覗きこむ。その為にわざとよく見えるこの場所に座った。34歳とまだ若い彼女はさすがに「あのー、」という言葉を入れない。やはり若いんだなーと感心して聞いていたのだが、ものの20分もすると、「あの~」の連発!どうなっているのか。あのーという言葉は次の言葉が出て来ないときのつなぎ言葉。と思っていたが、どうやらそうではなさそうで彼女の口癖のようだ。あんまり使ってほしくない言葉なのだが。あまり器用な人間ではないので、人一倍努力しなければならなかった。と、言うことを盛んに言っていた。スポーツに興味のない私は彼女はどんな選手なのか知らない。帰ってネット検索したら、遅咲きの選手であまり成績のいい選手ではなかった。それに結婚して1年と7カ月で離婚と載っていた。外へ出ることが好きで、夫といることが殆ど無かったと載っていた。
結婚生活でもあまりいい夫婦ではなかったようだ。
立て板に水のごとくお喋りだが内容は同じことの繰り返し、耳が悪くても言っていることがだいたい見当がつく。横のスクリーンはあまり意味がなかった。
今朝、朝の散歩、女性陣は現れず、おとこだけの山登りとなった。いつもは会話がない連中だったが、今日は何故かお喋り出来た。声の大きい人ばかりで、耳の悪い私でも仲間入りできた。かつて、こんなに喋ったことがあるだろうか。
女性陣はお喋りが上手で楽しそうに話しているが、声が小さいのか殆ど聞き取れない。いつも蚊帳の外で情けない思いをしているが、今日は男性陣で何とか会話が成り立って楽しかった。聞こえが良くなったのか、この頃講演会に行っても不十分ながらある程度言っていることが分かってきた。この前は「富樫一族と一向一揆」というタイトルでの話だった。戦国の世では日本中至る所で農民による一揆がおこっていたが、それらの一揆はどこかで繋がっているものと思っていた。だが、そうではなかった。それぞれ独立した農民の一揆だった。
富樫政親は農民に無理難題を言って苦しめたと思っていたら、一向宗が力を付けてきて年貢をまともにおさめなくなったのだった。蓮如上人は、長享の一揆の時は代替わりをしており、上人は口出しは出来なかった。ということで蓮如の力では一揆を止めることは出来なかったようだ。今まで知らなかったことを次々と教わった講師は女の人で、今まで何を言っているのかよく聞き取れなかったが、やはり耳が良くなって分かるようになったのかなぁ~、と思っている。