諸永裕司著『ふたつの嘘 沖縄密約 1972-2010』/ 『運命の人』を超えるノンフィクション

2012-01-17 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉
p14~ 夏の夕暮れ前、玄関から続く暗い廊下に一瞬、光が差し込み、蝉時雨がなだれ込む。続いて、新聞受けがコトンと音を立てた。 もう、そんな時間なのか。西山啓子(ひろこ)(74歳)は台所を離れると、新聞受けを開いた。毎日新聞の2009年7月26日付夕刊を手にテーブルに戻ると、一面から順に記事を追う。最後のページをめくり、社会面に目を落としたときだった。 「あっ」 下段の片隅にある顔写真に目が留まり、声にならない叫びが胸のうちで消えた。そこにあったのは、まぎれもなくあの人の名前だった。 〈佐藤道夫さん 76歳(さとう・みちお=元札幌高検検事長、元参院議員)15日、死去〉 啓子は自分でも驚くほど落ち着いていた。2009年7月16日付の毎日新聞夕刊。短い訃報を読み進めていくと、やはり、そのくだりはあった。 〈東京地検時代の72年に外務省機密漏えい事件を担当、「ひそかに情を通じ」と書いた起訴状が議論を呼んだ〉 もう40近く前のこととはいえ、忘れることはない。 1972年3月、当時の社会党議員が国会で、沖縄返還をめぐる密約があったのではないか、と政府に迫った。振りかざした右手には、密約の証拠となる外務省の機密電信文の写しが握られていた。 政府はかたくなに否定した。 まもなく、電信文に押されていた決裁印から漏洩元が判明する。毎日新聞政治部の記者だった夫が外務省の助成事務官から入手し、社会党議員に渡したのだった。夫と電信文を渡した女性事務官は国家機密を漏らすことに手を染めたとして、国家公務員法違反の疑いで逮捕された。(~p15) . . . 本文を読む