女性の美しさの原風景
2か月ほど前になるだろうか。自宅近くの書店に入った。レジに近い「新刊書案内コーナー」に、ひときわ目立つ「写真集」のような感じの本が視界に入った。表紙に慎ましやかな感じの「麗しい一人の女性」の顔写真があり、縦に組まれた『日本の美しい女(ひと)』の七文字が、A4判の表紙の左端を占めていた。手に取ってみると、その「麗しい女性」は、27歳という若さで亡くなった女優「夏目雅子」だった。
清澄な黒い髪に穏やかな顔立ち。俯き加減の視線は物憂げに左前方に向けられており、本物の眉が綺麗に整っている。大きな瞳の切れ長の眼は、見るからに聡明さと貞淑さとをあらわしていた。明らかにアイシャドーもしていなければ、付け睫毛もない。と言って、睫毛に何かを施したという形跡も一切ない。あるがままの眼もとであり、眉や睫毛だった。それだけに、いっそう麗しさと気品とが備わっていた。
スッと通った知性を感じさせる鼻筋に、緩やかに締まった淡いピンクの唇。ことさら化粧をしているということを感じさせない自然なメイク。ソフトフォーカス気味に写り込んだ耳元に、色味を抑えた桜色の耳飾りがさりげなく付けられている。
……すずやかな眼もとでありながら、内に秘めた大人の女性の潤いと意志が感じられる。……何と自然な顔の装い、そして美しさだろうか……。これほど女性の美しさをさりげなく、しかし確然と示し得た写真があっただろうか。筆者は、これまでに見た魅力溢れる女性美の写真をいくつも思い浮かべながら、表紙の「見出し文字」に眼をやった。
『昭和を鮮やかに生きた66人の麗しき女性たち』
そのすぐ下に続く「リード文」は――、
『浅丘ルリ子、有馬稲子、大原麗子、久我美子、加賀まり子、山本富士子、夏目雅子――。』
そして、その後が憎い。
『昭和のミューズの
まばゆいばかりの笑顔がここによみがえる!』
ミューズ(女神たち)……まばゆいばかり……よみがえる……。悔しいが、これは “殺し文句” だ。この瞬間、“本の購入意志” が確定した。
……とはいえ、「この本」をいますぐ抱えていきなりレジへ向かう勇気はなかった。いや、“意地” でもそうやすやすと降参したくないというのが本音だった。というのも、筆者がこの書店に入ってから “購入の意志を確定する” まで、ものの “1分” とはかかっていない。もっと言えば、“本を手にした瞬間” からの経過時間は、実に “10秒” にも満たなかったのだ。
☆
……と聞けば、読者の中には本ブログの昨年(2013年)の「元日の記事」を想い出された方もあるだろう。その部分をそのまま再掲してみよう。
《《 同誌(※月刊「文藝春秋」)については、いつも4、5分 “拾い読み” した後に “購入か否か” を決めている。だが今回ばかりは、「目次」を10秒ほど眺めただけで即決した。『新・百人一首:近現代短歌ベスト100』の表題とともに、『小倉百人一首編纂から八百年――』いう文字が飛び込んで来たからだ。
この手のコピーやフレーズには、昔から滅法(めっぽう)弱い。特に月刊「文藝春秋」には、いつもこの手でやられている。同誌の「特集テーマ」や「誘惑キャッチ・コピー」にひっからないよう気をつけてはいても、いざ同誌を手に取るとからきし駄目だ。おかげで今回の「購入検討時間」は、最短記録を更新することとなった。》》
昨年の月刊「文藝春秋」新年号については、“目次を10秒ほど眺めただけで即決” すなわち “購入の意志決定” をしている。しかし、今回は何と “ページを閉じた状態での10秒” だ。つまりは “秒殺” に等しい。無論、「購入検討時間」の最短記録 “更新” となったのは言うまでもない。
またまた “同じ過ち” を繰り返してしまった。あれだけ “気を付けなければ” と強く戒めていたと言うのに――。
……やられちまった悲しみに、今日も財布が軽くなる! ……ってやつだ。 嗚呼! 「文藝春秋社」よ! “ことごとくやられっぱなしの” 憎き「文藝春秋」編集部よ!
筆者は、リベンジのための “抵抗作戦の敢行” を決意した。 (続く)
※この本の「表紙」写真(夏目雅子)をご覧ください。
※敬称略