手術前日。
夜は強い気持ちと切ない気持ちとがいったりきたりしていた。
元気になったら何でもおいしいもんが食べられるのだから!
でももし麻酔のせいで腎臓が心臓がトラブルになったら?
元気に帰ってくることがなかったら、今夜のこれがなんとかの晩餐になってしまうんだよね?
なのにキドニアのふやかしバージョンあげるの?
でもこないだもギリギリだったのに、当日数値が悪かったら、手術できないんじゃないの?
だけどもしもしもしもしこれが最後のごはんだとしたら私は100%後悔するだろう。
葛藤。
散歩する間に決めよう。
神社にいって、いつものとおり、家族全員分の5円玉を取り出し、製造?年を足していって、その合計額が最後の1桁になるまで、計算するのだが、末広がりの「八(8)」になった。
よし。
神様。
信じる。
こんちゃんのことだけをお祈り。
そしていつもより長めに、思う存分散歩をしてもらい、家に帰って、ひざなんこつおからおかゆをあげた。
明日は朝からずっと夜まで食べられない。
オレコに負けず劣らず食いしん坊万歳のこんちゃんが。
おなか減るだろうからいつもより多くまわしておりますーじゃなくて多く盛った。
がっつがっつ食べて、もぐもぐもぐ、うんまいうんまい、と、こちらを見、
食べ終わったらゲージの中で、枕や毛布に顔を押さえつけてガウガウし、
頭を下げた恰好でポーズを決めて「どう?」とこちらを見る、というのを繰り返す。長い旅路の航海終えて船が港に停まる夜~のマドロスさんかっちゅーの。
いつもどおりの夜だった。
「こんちゃん、明日頑張るんだよ、頑張ったら夜は牛タンのおかゆをしてあげるから、誰が呼んでも行っちゃダメ、お母さんとこに戻ってくるのよ」
そんなことを言ったり言わなかったり。
シャンプーの魔法が解けて、ごわごわのたわしになったこんちゃんの頭を撫でて、ぎゅーっ。
寝かせて、お風呂に素早く入り、夕飯を食べて、シンデレラの門限を少し回ったのを確認すると、
前もってオレコと約束していたのだけれど、彼女だけを連れて、お父さんを会社にお迎えに行った。
買い物をしたり、いろいろで、戻ってきたのは2時半。
この特別扱いには訳があって、オレコには私からもお父さんからも説明をした。
久しぶりに長い時間、ひとりで留守番すること、こんちゃんが具合が悪くなるかもしれないこと、
それは大変な手術をするからであること、こんちゃんはオレコの大嫌いな病院で頑張ってくること、
「だからお帰りって言ってあげるんだよ、待ってようね、そのかわりオレコだけ特別にドライブいこう」
そんなこんなのお迎えであった。オレコはひみつの特別扱いチーズを2つぶ、
お父さんはハーゲンダッツの鼻持ちならないじゃなかった華もちのくるみときなこを買ってもらい、うはうは。
私は大好きなビールを断ってるってーのに、おまいらは!くぬやろ!
まんじりともせず、早朝起きて、まだ暗いうちにバタバタと動きだし、
オレコもいつもよりずっと早い時間に散歩、ごはんを食べさせ、普段通りにこんちゃんを連れて行った。
小さい方と大きい方がいい具合に出たので、よし、と、抱きかかえて車に連れて行く。
わーなにするのじゃー、とじたばたしていたけれど、車に乗り込むと、
後部座席のお父さんと私の間を行ったり来たり。
信号待ちの間、運転席の私のひざに顎を載せたくて載せられない格好のこんちゃんの頭を撫でたり、
こびりついてた目ヤニを獲ったり、あたたかい体を左手で抱きすくめたりした。
お父さんを会社におろし、病院へ。
予約してあった時間についたけど、流れは普段どおり。
30分くらい待ってまたいつもどおり検査。
あ、どうしよ。
おにくおかゆ。
しかも大盛り。
こないだもギリギリだったから今回はだめかもしれない。
だってこないだ結果が良かったのは夕飯がキドニアだったから。
どうしよう。
もしかして今日はお帰りください、か?
ずーっとドラムが(ドドドドドド・・・)と鳴ってる感じの待ち時間。
ついでにいうと来た時からそうなんだけれど、今日は騒々しい子が多くって、
こんちゃんは「わし帰るのじゃカーニバル」実施中
どうせすぐ連れて行かれるのだし、と、あきらめて、マナーはらまき(←ちげう)1枚しか持ってこなかった。
それが。
こんちゃんがずっと「わしは帰るのじゃカーニバル&フェスティバル」をやってるもんだから、
ぐるぐる回って、ただでさえギリギリサイズなのに、ぱきん!と、マジックテープが外れてしまう。
ああ~。
これのおかげで抗議ション止まってるようなのに、
外れたらまたジョッジョッジョってなってしまうやんか~、と、
外れるたびに「ぺりり」「べし」っと付け直す。
抱き上げて背中をポンポンするとひんひんく~んと情けない声で泣いている。こん、男は我慢や。
そういうのを繰り返しているうちに、時は来た。
15分ほどしたらまた院長先生に呼ばれ、結局言い訳も思いつかずに真っ白な状態で診察室へ。
予想外にニコニコの院長先生に面食らっていると、
「素晴らしいです。21.9と1.7です。これはもう正常値ですね」
と、おっしゃる。☆~☆~☆~←わたしの頭の中。
診察台にこんちゃんを置いて、その場で手を付けて高さ1.5メートルぐらいのトリプルアクセルを決めた(脳内で)。加点がついて11.15点。
「え?え?え?な、なんでですか?」
素直なもんだから心の声がそのまま飛び出した。そしたらまた院長先生も素直なもんだから、
「お薬です~」
古畑さんみたいな言い方でニコニコしながらお答えになった。・・・ですよね。(愛のちからじゃなかった)
まさに二死満塁のツーストライクスリーボールでマートン(甲子園)場外ホームランである。(お願い帰ってきてー!!!)
「お薬で補助してあげれば、ちゃんと働ける(腎臓が)ことがわかったのはとてもいいことです。これは引き続きこのまま治療したほうがいいと思います」
「私もそう思います!お願いします!」
「手術後に経過をみるため、2週間後に診察させて頂くので、そのときまでの分を処方することとしましょう」
「心臓のはあと28個あるので、そのときそちらもまたお願いします」
それから手術の説明を聞いて、ちょっと覚悟のいる同意書を書いてハンコを捺し、お迎えは夕方と聞いて、そのまま帰ってよいといわれ、素直なものだからそのまま帰った。何か言い忘れた気がしたのだが、院長は忙しいので引き止めたくなかったのである。
併設のフードセンターにいって、療養食のラインナップを確認、キドニアはやはりなかった。引き続きミグノンさんに注文するようだな。それから会社に戻る途中で「ハ!」と思いだし、車をとめて駐車場で病院に電話。
手術の説明を受けて同意書を提出したとき、前回マイクロチップのお願いをしてあったのだが、話し合いの際にそのことが出なかった。
手配済みかもしれないのだが、といいつつ、漏れがあったら挿入をお願いします、と、追加オーダー。
そうして会社に戻り、約束の時間が来るまで、どうせ何も手につかない。
でも院長は歯の治療にかけては日本一の名医なのだから、先生にできなければ、この日本ではほかの誰にもできないということだ。
今では大病院になったけれど、この先生が小さなテナントで奥様と二人でやってらしたころから、ずっと24年もお世話になってきたのじゃないか。
大丈夫だ大丈夫、と心に言い聞かせながら、看板犬カレンダーの発送準備(袋詰め)を一心不乱にしていたのであった。
あっという間に日が暮れた。
・・・続きはあした。