「福島県外の無知・無理解がコミュニティ再生を遅らせる」
時々立ち読みしていた月刊「Wedge」ですが、
2016年1月号は、
読みたいなあという記事が多かったので、
久しぶりに買いました。
(Wedge:2016-1→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5747)
中でも、冒頭引用のリードがついた、
澤昭裕(国際環境経済研究所所長)氏の、
「原発事故から5年 福島復興のタブーに挑む」
は、結構な分量があるのだけれど、
日本国民として(賛成するかどうかは別として)、
最低限、これくらいは知っておいた方が良い、
という意味で、とても良い記事でした。
ポイントは下の6カ条です。
ネット上でも、全文公開されていますので、
時間のある方はそちらを読んで頂くのが良いと思いますが、
とりあえず、
私が「そう、そうだよなあ」と思ったところだけ、
抜き出してご紹介します。
〈東京電力福島第一原子力発電所の事故から5年が経とうとしている。これまでの政策措置は、事故後のパニックが収まっていない中、冷静な情報やデータ収集とそれらに基づいた費用対効果分析をする暇もなく、その場の空気を支配した感情的な反発や突き上げにさらされて、政治的な判断で執られたものも多い〉
〈初期の政治的判断が災いして、今となってはもはやタブーになっていることや、「囚われた固定観念」が依然として存在していることは事実である。それらを打破しなければ現実的な選択肢を検討することができないことは、関係者の大半が有している共通認識ではないだろうか〉
きちんと勉強している政治家なら、
おそらく解っていることでしょう。
誰かが言わなければならない、
けれど、言い出しっぺにはなりたくない、
そんな心理が働いて、結果福島の復興は停滞しています。
そこを何とか動かしたい、
というのが澤氏の願いのようです。
以下、各ポイント毎に・・・
1.除染目標の基準を年間5mSvに戻し、個人線量で除染効果を評価
〈市町村担当者向けの説明会でも、市町村が実施する面的除染に対する国の支援の基準は年間5mSvとなることが示されていた(11年9月28日)。
ところが、福島県市長会(13市)から強い抗議が出され、政府は方針を転換。10月2日に、細野豪志環境相(当時)が佐藤雄平知事(当時)に年間5mSv未満も支援対象とすると説明してしまったのである。この短期間で除染目標が大幅に引き上げられたことからみて、科学的な裏付けや実行可能性が精査されたとは考えられず、純粋に政治的な判断だったといえよう〉
〈しかし、目標を引き上げた結果、除染の作業負担は非現実的に大きくなり、効果も期待されたほどではなくなった。むしろ高すぎる除染目標が除染実施関係者と避難中の地元住民双方の心理的バリアとなり、一種の「呪縛」となっているのではないだろうか〉
2.8000ベクレル/kg以下の除染土壌は中間貯蔵施設に持ち込まない
〈除染に関する実際上の大きな悩みが、除染後の廃棄物の処理だ。仮置き場あるいは道路脇などに山積みされたフレコンバッグは、風景としても「汚染された土地だ」というイメージがつきまとい、原発事故からの復興を妨げる大きな足かせとなっている。仮置き場の地権者には期間限定で廃棄物を置かせてもらったという経緯もあり、搬出をしないということは確かにかなり難しい。しかし、一方で中間貯蔵施設の整備が遅れている中、焼却、搬出を待っていれば何年経っても問題が解決しないことが予想されるのが実態だ〉
(ここまで、WEDGE Infinity:福島のタブーに挑む・その1 除染のやり過ぎを改める 澤昭裕・2016年への提言(前篇)
→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5790?page=1)
3.福島の現状や放射線リスクについて国が主導して全国に情報発信
〈むしろ問題は、現地よりも福島県外の人々の放射線リスクに関する知識や情報レベルにある。いまだに福島県は「住める場所ではない」とか「逃げるべきだ」などと煽りを繰り返している「市民運動団体」が存在している。福島を救うような顔をしながら、実際には復興を妨げ、地元住民の心の傷に塩を塗りこむような活動を行っている勢力に屈することがあってはならない〉
(ここまで、WEDGE Infinity:福島のタブーに挑む・その2 被ばくデマ・風評被害の根絶 澤昭裕・2016年への提言(中篇)
→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5794)
4.損害賠償に区切りをつけ、コミュニティや生業の再生支援を強化
〈そもそも帰還という選択をしないケースも多い。事故からすでに5年が経ち、避難先での生活が定着している者も増えており、その方が多数に上ると考える方が自然だろう〉
〈帰ることを前提にした支援しか認めないということでは、約2万5000人にのぼり母子家庭も多いと言われる自主避難者への対応がいつまでも終わらないのではないだろうか〉
5.全住民帰還の旗を降ろし、市町村合併を含む広域的な復興計画に
〈こうした現実的な選択肢を実現していくためには、現状の市町村の境を越えた広域的な地域復興・開発ビジョンが必要となってくる〉
〈確かに、どこの市町村においても歴史がある。しかし、限られた資源を広域的な地域復興に投ずる場合には、大同団結的な発想や割り切りが必要となる場合がある〉
6.復興予算に上限を設け、福島第二再稼働などタブー排した議論を
〈いつまでも「原発事故は特別だ」では、東日本大震災で被害を受けた他県の復興予算とのバランスも大きく崩れてしまい、復興スピードや資源配分についての不均衡がもたらす感情的な問題に発展してしまいかねない〉
ホントにごく一部の引用で、
それでも充分に考えさせられるのですが、
最後に書かれた澤氏の主張、
その姿勢を、まず共有したいと思います。
〈16年度は根本的な課題について、「全てのタブーなく」議論する時期だ。政治や行政、そして社会がタブーに逃げ込めば、福島で自立しようと考えている人たちの行き場や頼りどころがなくなり、復興を遅らせてしまう。
筆者の主張は、福島への支援を打ち切るとか削るというものではない。「責任追及と補償」というある意味で他者への依存構造を招きかねないネガティブな推進力から転換し、「日常に戻し、未来を築く」ために構築すべき政策体系を再検討しようという主張である。未来志向に切り替えるためには、それを阻むもの、例えば、福島内部というより外部の人たちの福島に対する理解度が不足している状況をどう改善するかという問題に真剣に向き合っていかなければならない。本稿はそれに取り組み第一歩としての課題抽出を行ったものである〉
(ここまで、WEDGE Infinity:福島のタブーに挑む・その3 賠償の区切りと広域復興 澤昭裕・2016年への提言(後篇)
→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5795?page=1)
後で知ったことなのですが、
澤氏は、これを病床で書き上げたということです。
(産経新聞1/18大阪6版)
そうでなくても、
勇気がある人だなあと思った内容なのですが、
また、別の重みを感じることとなりました。
願いというより、祈りだったのかもしれません。
ガンジーの言葉に、
「明日死ぬと思って生きよ。不老不死だと思って学べ」
というものがあります。
私ごときが何か言う立場ではないのだけれど、
澤昭裕という人は、
そんな風に生き、そんな風に学ぶ人だったのかなあと、
そういうことも、ちょっと思いました。
先に「時間のある方は」と書きましたが、
是非、時間を作ってでも(!)全文を読んでみて下さい。
「福島県外の無知・無理解がコミュニティ再生を遅らせる」
としたら、
まず知り、理解することが必要なのですから。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
*澤昭裕さんの「仕事」に興味のある方は以下もどうぞ。
澤昭裕ブログ:国際環境経済研究所→http://ieei.or.jp/category/sawa-akihiro-blog/
時々立ち読みしていた月刊「Wedge」ですが、
2016年1月号は、
読みたいなあという記事が多かったので、
久しぶりに買いました。
(Wedge:2016-1→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5747)
中でも、冒頭引用のリードがついた、
澤昭裕(国際環境経済研究所所長)氏の、
「原発事故から5年 福島復興のタブーに挑む」
は、結構な分量があるのだけれど、
日本国民として(賛成するかどうかは別として)、
最低限、これくらいは知っておいた方が良い、
という意味で、とても良い記事でした。
ポイントは下の6カ条です。
ネット上でも、全文公開されていますので、
時間のある方はそちらを読んで頂くのが良いと思いますが、
とりあえず、
私が「そう、そうだよなあ」と思ったところだけ、
抜き出してご紹介します。
〈東京電力福島第一原子力発電所の事故から5年が経とうとしている。これまでの政策措置は、事故後のパニックが収まっていない中、冷静な情報やデータ収集とそれらに基づいた費用対効果分析をする暇もなく、その場の空気を支配した感情的な反発や突き上げにさらされて、政治的な判断で執られたものも多い〉
〈初期の政治的判断が災いして、今となってはもはやタブーになっていることや、「囚われた固定観念」が依然として存在していることは事実である。それらを打破しなければ現実的な選択肢を検討することができないことは、関係者の大半が有している共通認識ではないだろうか〉
きちんと勉強している政治家なら、
おそらく解っていることでしょう。
誰かが言わなければならない、
けれど、言い出しっぺにはなりたくない、
そんな心理が働いて、結果福島の復興は停滞しています。
そこを何とか動かしたい、
というのが澤氏の願いのようです。
以下、各ポイント毎に・・・
1.除染目標の基準を年間5mSvに戻し、個人線量で除染効果を評価
〈市町村担当者向けの説明会でも、市町村が実施する面的除染に対する国の支援の基準は年間5mSvとなることが示されていた(11年9月28日)。
ところが、福島県市長会(13市)から強い抗議が出され、政府は方針を転換。10月2日に、細野豪志環境相(当時)が佐藤雄平知事(当時)に年間5mSv未満も支援対象とすると説明してしまったのである。この短期間で除染目標が大幅に引き上げられたことからみて、科学的な裏付けや実行可能性が精査されたとは考えられず、純粋に政治的な判断だったといえよう〉
〈しかし、目標を引き上げた結果、除染の作業負担は非現実的に大きくなり、効果も期待されたほどではなくなった。むしろ高すぎる除染目標が除染実施関係者と避難中の地元住民双方の心理的バリアとなり、一種の「呪縛」となっているのではないだろうか〉
2.8000ベクレル/kg以下の除染土壌は中間貯蔵施設に持ち込まない
〈除染に関する実際上の大きな悩みが、除染後の廃棄物の処理だ。仮置き場あるいは道路脇などに山積みされたフレコンバッグは、風景としても「汚染された土地だ」というイメージがつきまとい、原発事故からの復興を妨げる大きな足かせとなっている。仮置き場の地権者には期間限定で廃棄物を置かせてもらったという経緯もあり、搬出をしないということは確かにかなり難しい。しかし、一方で中間貯蔵施設の整備が遅れている中、焼却、搬出を待っていれば何年経っても問題が解決しないことが予想されるのが実態だ〉
(ここまで、WEDGE Infinity:福島のタブーに挑む・その1 除染のやり過ぎを改める 澤昭裕・2016年への提言(前篇)
→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5790?page=1)
3.福島の現状や放射線リスクについて国が主導して全国に情報発信
〈むしろ問題は、現地よりも福島県外の人々の放射線リスクに関する知識や情報レベルにある。いまだに福島県は「住める場所ではない」とか「逃げるべきだ」などと煽りを繰り返している「市民運動団体」が存在している。福島を救うような顔をしながら、実際には復興を妨げ、地元住民の心の傷に塩を塗りこむような活動を行っている勢力に屈することがあってはならない〉
(ここまで、WEDGE Infinity:福島のタブーに挑む・その2 被ばくデマ・風評被害の根絶 澤昭裕・2016年への提言(中篇)
→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5794)
4.損害賠償に区切りをつけ、コミュニティや生業の再生支援を強化
〈そもそも帰還という選択をしないケースも多い。事故からすでに5年が経ち、避難先での生活が定着している者も増えており、その方が多数に上ると考える方が自然だろう〉
〈帰ることを前提にした支援しか認めないということでは、約2万5000人にのぼり母子家庭も多いと言われる自主避難者への対応がいつまでも終わらないのではないだろうか〉
5.全住民帰還の旗を降ろし、市町村合併を含む広域的な復興計画に
〈こうした現実的な選択肢を実現していくためには、現状の市町村の境を越えた広域的な地域復興・開発ビジョンが必要となってくる〉
〈確かに、どこの市町村においても歴史がある。しかし、限られた資源を広域的な地域復興に投ずる場合には、大同団結的な発想や割り切りが必要となる場合がある〉
6.復興予算に上限を設け、福島第二再稼働などタブー排した議論を
〈いつまでも「原発事故は特別だ」では、東日本大震災で被害を受けた他県の復興予算とのバランスも大きく崩れてしまい、復興スピードや資源配分についての不均衡がもたらす感情的な問題に発展してしまいかねない〉
ホントにごく一部の引用で、
それでも充分に考えさせられるのですが、
最後に書かれた澤氏の主張、
その姿勢を、まず共有したいと思います。
〈16年度は根本的な課題について、「全てのタブーなく」議論する時期だ。政治や行政、そして社会がタブーに逃げ込めば、福島で自立しようと考えている人たちの行き場や頼りどころがなくなり、復興を遅らせてしまう。
筆者の主張は、福島への支援を打ち切るとか削るというものではない。「責任追及と補償」というある意味で他者への依存構造を招きかねないネガティブな推進力から転換し、「日常に戻し、未来を築く」ために構築すべき政策体系を再検討しようという主張である。未来志向に切り替えるためには、それを阻むもの、例えば、福島内部というより外部の人たちの福島に対する理解度が不足している状況をどう改善するかという問題に真剣に向き合っていかなければならない。本稿はそれに取り組み第一歩としての課題抽出を行ったものである〉
(ここまで、WEDGE Infinity:福島のタブーに挑む・その3 賠償の区切りと広域復興 澤昭裕・2016年への提言(後篇)
→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5795?page=1)
後で知ったことなのですが、
澤氏は、これを病床で書き上げたということです。
(産経新聞1/18大阪6版)
そうでなくても、
勇気がある人だなあと思った内容なのですが、
また、別の重みを感じることとなりました。
願いというより、祈りだったのかもしれません。
ガンジーの言葉に、
「明日死ぬと思って生きよ。不老不死だと思って学べ」
というものがあります。
私ごときが何か言う立場ではないのだけれど、
澤昭裕という人は、
そんな風に生き、そんな風に学ぶ人だったのかなあと、
そういうことも、ちょっと思いました。
先に「時間のある方は」と書きましたが、
是非、時間を作ってでも(!)全文を読んでみて下さい。
「福島県外の無知・無理解がコミュニティ再生を遅らせる」
としたら、
まず知り、理解することが必要なのですから。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
*澤昭裕さんの「仕事」に興味のある方は以下もどうぞ。
澤昭裕ブログ:国際環境経済研究所→http://ieei.or.jp/category/sawa-akihiro-blog/
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