角灯と砂時計 

その手に持つのは、角灯(ランタン)か、砂時計か。
第9番アルカナ「隠者」の、その俗世を生きる知恵を、私にも。

#102 読書週間ということで・・・

2015-11-01 07:29:11 | ぶらり図書館、映画館
 しかしドイツ語の場合はそうはゆかず、両親はぼくをユダヤ人街の、昔ユダヤ人学校だった建物に住んでいた、カッツ先生の許へ習いに通わせたのです。カッツ先生はユダヤ人学校ではユダヤ教担任の教師でしたし、またユダヤ会堂(シナゴーグ)のカントル[合唱指揮者]でもありました。

『カッツ先生』という小説の冒頭近くです。

著者はヨゼフ・シュクボレツキー。
チェコの作家で、
『世界短編名作選 東欧編』蔵原惟人監修(新日本出版社1979)の、
巻末解説によると、

処女作『ひきょう者たち』以来、つねに鋭い問題提起をしてきた作家であるが、1968年のソビエト軍侵入後の現実に絶望して国を去り、現在はカナダで英文学の教授として活躍している。

ということなんですが、
今現在のことは、残念ながらよく分かりません。



ナチスによるユダヤ人移送で途切れてしまうのですが、
ぼくとカッツ先生との関わりを、
淡々と綴った、文字通りの短編です。

先生は文例を使ってたえずぼくに格変化の練習をさせるのですが、先生のおはこの文例は、der gute alte Wein(このすばらしい古いワイン)で、ぼくがこの文例を正しく、der gute alte Wein(このすばらしい古いワイン)、 des guten alten Weines(このすばらしい古いワインの)、 dem guten alten Weine(このすばらしい古いワインに)、den guten alten Wein(このすばらしい古いワインを)と格変化させると、先生は大きく頷かれるのでした。

このようにしてドイツ語を教えるカッツ先生なのですが、

やがてぼくのドイツ語がかなり上達した頃、先生はいつもこんなことをぼくにおっしゃるのでした。Das, was du Kannst, Daniel, das kann dir niemand nehmen. Darum lerne, lerne deutsch.(ダニエル君、君が知識として身につけたものは、誰も君から奪うことはできないんだよ。だからこそ勉強するんだ、ドイツ語の勉強をね)

Du kannst alles verlieren, Daniel, Geld, alles(ダニエル君、お金だってなんだって消えてしまうものだけど)と先生はよくおっしゃいました。Nur was du da hast(だけど君がここにもっているものは)とご自分の禿げた頭を指して、das kann dir niemnd nehmand nehmen(これは誰にも奪えはしないよ)とおっしゃいました。


という面もある人でした。

やがてヒットラー支配下のドイツがチェコに侵入します。

ぼくがヒットラーやドイツ人を非難すると、先生も不満をもらし、深く悲しまれ、また年老いた先生の奥さんも、暖炉にあたりながら、嘆き悲しんでいらっしゃいました。ほんとうのところ、その頃のぼくにはヒットラーとはそもそも何者なのか、まだはっきりとはわかっていませんでしたけれど、それなのにぼくもヒットラーを大いにののしったのです。Was wir Juden schon alles mitgemacht haben!(いったいわれわれユダヤ人が何をしたというのだろう!)先生はよくそんなことをおっしゃっていました。

その後のストーリーだけを追うと・・・

〜そのうちにある夜のこと、真夜中の訪問客が玄関口からわが家に押し入って来て、彼等は父にまともに身支度をととのえる暇さえあたえずに、連れ去ってしまったのです。父はベルセンで死にました。

 その後、暫く経ったある日のこと。ユダヤ人はみんな町から移送されることになりました。出発は朝早かったのですが、ぼくはひと晩中、カッツ先生のことばかり考えていて、眠れなかったものですから、歩いて駅まで行きました。その日は肌を刺すような寒い日で、冷たい、いやな秋の日でした。

 そのうちに兵隊が何言か叫んだかと思うと、行列は動き出し、ロープでしばった荷物を地面からもち上げると、他の人たちにまざって駅の方に向かって歩いて行くカッツ先生の姿が見えました。


という展開となり、ここで小説は終わるのですが、
全般的に感情表現を抑えた、淡々とした描写がいい感じです。

政治や社会批判をするにしても、
声高に糾弾するばかりが能じゃないなあと、
こういう表現の仕方もあるんだなあと、
率直に思いました。

ちなみに「世界短編名作選」ですが、
全12巻のシリーズです。
(新日本出版社:アンソロジー→http://ameqlist.com/0sa/shinniho/an.htm

大抵の図書館で借りられると思います。

さらにちなみに、ですが、
私が何故にこの小説を知ったのかと言いますと、

黒田龍之助さんの、
『寄り道ふらふら外国語』という本で紹介されていたからなんです。


(白水社:『寄り道ふらふら外国語』→http://www.hakusuisha.co.jp/book/b206331.html

黒田龍之助さん、一応「言語学者」ということなんですが、
実は節操がありません。とぼけた人です。

けれど、あの言語、この言葉と、
ふらふらしているところが好きなんです。

彼が紹介するんなら、きっとオモシロイんだろうなあ、
と思い、図書館で借りました。

『カッツ先生』良かったですよ。

せっかくの読書週間ですから、
スマホやらパソコンやらから離れて、
指先でページを捲る、紙の活字に触れましょう。

(と、パソコンに向かって書いてみる)


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