新聞を読んで

いろんな、新聞を読んで感じたことを書いて見たいと思います。

松下幸之助[一日一話]

2013-02-15 06:49:05 | 日記
2月15日
自己観照

 自省の強い人は、自分というものをよく知っている。つまり、自分で自分をよく見つめているのである。私はこれを“自己観照”と呼んでいるけれども、自分の心を一ペん自分の身体から取り出して、外からもう一度自分というものを見直してみる。これができる人には、自分というものが素直に私心なく理解できるわけである。

 こういう人には、あやまちが非常に少ない。自分にどれほどの力があるか、自分はどれほどのことができるか、自分の適性は何か、自分の欠点はどうしたところにあるのか、というようなことが、ごく自然に、何ものにもとらわれることなく見出されてくると思うからである。

今日は何の日

2013-02-15 06:47:58 | 日記
2月15日は春一番名付けの日

その名のとおり、「春一番」と名付けられた日だといわれている。

ちなみに1963(昭和38)年2月15日付の『朝日新聞』朝刊の「春の突風 シーズン入り」に「強い南風は「春一番」と名付けられているが、その時期は毎年二月から三月上旬にかけて吹出す」とある。

ただし名付けられた日がこの日かどうかについては触れられていない。すくなくともこのころはまだメジャーなことばではなかったようだ。それが1970年代になると、キャンディーズが歌う曲のタイトルとして採用されることになった。2012年には、この名曲『春一番』を「湘南乃風」の若旦那がカバーしたという。両者は声質がまったく異なるため、 オリジナルを愛してやまないファンの方たちを巻きこんでさまざまな意見が飛びかった可能性も考えられる。

2月15日生まれの有名人
1940年 広川太一郎 声優 2008年没
1942年 近藤正臣 俳優
1943年 清水章吾 俳優
1954年 立川志の輔 落語家
1956年 浅田美代子 女優・タレント
1967年 堀ちえみ タレント
1968年 山崎邦正 タレント
1976年 インリン・オブ・ジョイトイ タレント
1988年 森岡龍 俳優
1989年 西脇綾香(Perfume) 歌手・タレント

今日は何の日

2013-02-14 12:40:46 | 日記
2月14日はバレンタインデー

2006(平成18)年に発行された『イギリス祭事カレンダー 歴史の今を歩く』(宮北惠子・平林美都子著、彩流社)の「聖ヴァレンタインの殉教」に「殉教の日にあたる二月十四日は、(中略)恋人たちの守護聖人を記念 する日となり」とある「ヴァレンタイン・デー」。この日は性別、年齢、家族構成などによってすごし方や気分が大きく異なる日といっていいだろう。そんななか、フリーアナウンサーの高島彩は日本式のバレンタインデー容認派らしく、2011(平成23)年発行の著書『聞く 笑う、ツナグ。』(小学館)に「とてもカジュアルな、会話のきっかけとしてのプレゼントの良いタイミングだと思います」と書いている。おそらくフジテレビ勤務時代の経験によるものだろう。海外では本来…とか、お菓子会社やメディアの陰謀だとか、バレンタインデーは毎年のようにネガティブな見方をされやすい日だ。しかし考え方を変えて、世の流れに乗るようにこの機会をみずから生かし、渡す側、受けとる側とも楽しんでしまうのも悪いことではないだろう。
2月14日生まれの有名人
1942年 林与一 俳優
1951年 ケビン・キーガン サッカー選手・監督
1962年 大川豊 タレント
1969年 マルシア 歌手・女優
1970年 斎藤隆 野球選手
1974年 フィリッパ・ジョルダーノ 歌手
1979年 永井雄一郎 サッカー選手
1980年 山口紗弥加 女優
1983年 もう中学生 タレント
1988年 アンヘル・ディ・マリア サッカー選手

松下幸之助[一日一話]

2013-02-14 12:39:40 | 日記
2月14日
顔も商品

 私はいままであまり容貌に注意せず、ゾンザイな点が多かった。ところがたまたま銀座のある有名な理髪店に行ったところ、そこのお店の人から次のように言われたことがあった。

 「あなたは自分で自分の顔を粗末にしているが、これは商品を汚くしているのと同じだ。会社を代表するあなたがこんなことでは、会社の商品も売れません。散髪のためだけでも、東京に出てくるというような心がけでなければ、とても大を成さない」 まことにもっとも千万で、至言なる哉と大いに感心し、それ以来、多少容貌に意を用いるようにもなった。私はその人から貴重な当世哲学を教えられたのである。

松下幸之助[一日一話]

2013-02-13 07:30:50 | 日記
2月13日
一人の力が伸びずして……

 自分は一年にどれだけ伸びているか、技術の上に、あるいは社会に対する物の考え方の上に、どれだけの成長があったか、その成長の度合をはかる機械があれば、これは簡単にわかります。しかし、一人ひとりの活動能力というか、知恵才覚というか、そういう総合の力が伸びているかどうかをはかる機械はありません。けれども、私は五%なり十%、あるいは十五%伸びた、と自分で言えるようでないといけないと思います。やはり一人ひとりが、自分の力でどれだけのことをしているかということを反省してみることが大切です。

 一人ひとりの力が伸びずに社会全体の力が伸びるということはないと思うのです。