泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

雲梯にて

2021-07-15 18:10:02 | フォトエッセイ
 雲梯。
 なんて読むかわかりますか?
「うんてい」です。小学校にありましたね。
 英語では「Monkey bars」。猿たちがぶらぶらと遊んでいる様子が目に浮かびます。
 由来は、雲まで届きそうな梯(はしご)の意で、昔の中国の戦争で、城に登るための車輪付きの梯をそう呼んでいたそうです。
 今日まで知りませんでした。古来の兵器が遊び場にあるなんて。
 3月末で小説を書き終えてから、1ヶ月以上に渡って謎の痛みが背中と肩と首にありました。
 今思えば小説提出に伴う重圧だったとしか思えません。
 と同時に、今までにない負荷がかかると、心身の弱いところに反動が現れます。
 走っているので足腰に自信はあるのですが、そういえば上半身はストレッチ以外は何もしていなかった。
 そもそも、筋トレは嫌いなのです。何度か試したのですが続きません。
 その原因はつまらないから。
 走ればいろんな景色と出会えて楽しい。それに比べてしまうと意欲は湧きません。
 が、気づけばそこに雲梯があった。
 家から歩いて1分の小さな小さな公園に。
 走り終えた後、おもむろに近づいた。
 ぶら下がってみる。
 そして、体を持ち上げようと力を入れた。
 上がんねえ!
 まじかよ! びくともせず、ただぷるぷる震えている。
 期待と現実は、往々にして食い違っているものです。
 軽くため息を吐いて雲梯に背を向けると、そこにベンチが。
 ベンチは座るためだけにあったのではなかった。
 両手を板に乗せ、体を斜めにして支える。
 自ずと腕立て伏せ開始。
 何日か経って、走り終えてまた雲梯の下に立つ。
 ぶら下がり、体を持ち上げる。
 上がった!
 小さな感動。
 懸垂で体が少しずつ、確かに上がるようになった。
 今日は顎まで、1回できた。
 蛙飛びのようなことも始めた。
 スクワットの要領で、しゃがみこんでから一気にジャンプ!
 10回もやると息が上がります。
 高みにあるものをつかみたい。頭角を現したい。
 心の身体表現なのでしょうか。
 走ってきてもそうだった。それまでにない領域に入るたび、新しい痛みが伴った。
 アスリートで言えば怪我。怪我は、自分の限界を教えてくれる。だから現状打破のヒントが詰まっている。
 腕立て伏せと懸垂と蛙ジャンプ、続けよう。
 ランと一緒なら続けられる。
 新しい習慣。新しい人生。
 季節の変わり目は行ったり来たりで激しい揺り戻しもある。
 でも、天気も人も、着実にかわっていきます。

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