堅バカおすぎのドタバタ人生ノンフィクション日記🎵

生きてると本当に色々な事が起こる。持病と闘いながら堅ちゃん救われて乗り切るリアルノンフィクションな日々です。

初めて航○と出会えた日☆

2009年07月02日 | 日記
18年前の今頃は 陣痛を止める点滴に繋がれて
排泄排便も食事も何もかも、べットの上で起き上がれず
破水してしまっていたので 絶対動いちゃいけないと。
悪夢のような日々の夜でした。
腰は寝たきりで痛いし、心細し、トイレの度にナースコールを押したくなくて・・・。
屎尿盆を入れてもらって布団の中で用を足す・・。
出産前なのに既に入院6日目、風呂も入ってなくてきちゃないママイブ。

2日になって赤ちゃんの心音が弱ってきた・・・と先生方が慌ただしくなり
何だかんだ今度は「もう、産みましょう!!赤ちゃんが危険です!!」って!
実は予定日は8月1日。
早期破水してしまい1ヶ月早くて出来るだけ長く腹の中にって入れてたのに、
今度は出すって~~??

陣痛止めの点滴から、陣痛を起こす点滴を打たれ
おお???おおおおお???

なかなか痛くなんないぞ~~~?と思っていたら
メリメリメリ~~~~~ッて腰が砕けたか~~~?って急な痛み!!
「ヒ~~~~~ッ」って声が出た。

何となく、「ひっひっふ~~~~」とか習った事をしながら陣痛に耐えてたけど
今度は??看護師さんたちが 慌ただしい!!

先生が来た!!

何やらゴチャゴチャ言っている。

「宮○さん、赤ちゃん心音が凄く弱くなってるから
急遽帝王切開で産んじゃいましょう!!」と言われた。

ああ~~~??

じゃあ、この痛みは何ですか~~~><「ひっひっふ~~~~ぅ!!」

あれよあれよと言う間に心電図をとられ~
剃毛広範囲に渡りジョリジョリされて
スッパで手術台に乗り、両腕には色んな装置。
麻酔医の先生が来るまで 説明を受けたけどよくわからん。
ただ、消毒液を何度も何度も剃りたての腹に塗りたくられて
「・・・早く麻酔してよ~~~~」と痛みで内股がフルフル震えた。

本当は凄く涙が止まらなくて、でも自分ではふけなくて・・。
不安で不安で、不安でたまらなくて・・・。

赤ちゃんどうなっちゃうのか?

不安って胸がつまる思いなんですね。

何となく弱弱しい心音の音を聴きながら泣いていた私。

麻酔の先生が来て 「はい、私の後を数えてくださいね~」

1、2、3、4・・・・・。

気がついたときには 赤ちゃんはいない。

泣き声も全身麻酔だったので聞いてない。

天井がグルグル グルグル回ってる。

「ミ○○○さ~~ん 聞えますか~~??終りましたよ~~~」

目が開いたけど 瞼が重くてまた閉じた。

気がつくと術後の人が入る部屋に寝ていた。

誰もいない。

また不安で哀しくて寂しくて泣いていた。

航○を産んだ思い出は沢山泣いた事。

先生が入ってきておろの状態や傷の様子を聞かれて



「赤ちゃんは午後5時48分に産まれましたよ。ただ仮死状態だったので
現在、救急車で子ども病院に搬送中です。ご主人とお母様が付き添われていますから」

仮死状態??????

「か し じょう たいって いまはいきてるん。。。ですか・・・」と
ラリッたような言葉で聞いた。

「大丈夫、蘇生して産声は上げました、でも安全の為に。。。ね!心配しないで、落着いてね」

その晩は 術後の傷の痛みと胸が張り出した痛みと
子宮を収縮させる為に砂の重石を傷の上に乗せてある痛みと・・・。
夜中に聞える他の赤ちゃんの泣き声が聞えて哀しくて
逢いたくて 逢いたくて声を殺して泣いた日。

産んだけど 結局対面できたのは7月14日。

退院してその足で 国立病院に迎えに行った。




初めて逢えた航○。


可愛い、可愛い、可愛いと何度も言葉が自然に出る。

直ぐに抱っこしてあげられなくてごめんね。

直ぐにオッパイをあげられなくてごめんね。

そばにいてあげられなくてごめんね。

入院中は毎日、毎日謝ってた。

そのことを 改めて謝りながら 

「これからはズッと一緒だからね!離さないからね」と言った。


航○、

お母さんは 航○のお母さんになれて 本当にラッキーだった。

航○みたいな子と縁があって親子になれた事に感謝してる。

どんなに大人になっても 航○はお母さんの子どもだから

何時でも 離れててもそばに居るから。

嫌がられてもそばに居るから。

今日の5時48分に貴方は産まれた。

産まれてくれてありがとう。

沢山の人が 助けた航○の命。大切にして欲しい。

18歳の誕生日、おめでとう