言う本を買ってきた。沖縄は家長制、家の中で
一番偉いのは、オジィであるが、戦後から
オジィの威厳は損なわれ、家族を支えてきたのは
オバァの力なくしてはならなかったのだろう。
オバァはヒャッヒャッと笑って昔の話を
するわりには、オジィは黙して語らず。
宮古島に来て、私が世話になったオジィは多い。
その中でも、歳はとれど、みんなから一目
置かれるオジィがいる。生まれは佐良浜で
コロールの5丁目育ち、パラオには2万人近い
日本人が移民した時代がある。
4人に3人は日本人だったそうだ。
戦後、地元に帰ってきたとき仕事も畑も家も
なにもなかったと言う。
オジィは数人の仲間と船に乗り台湾から
フィリピンの島々まで出かけた。
「漁にでかけたの?」と聞くと
「プリムン(バカ者)荒らしまわったさぁ」
なんとオジィが始めた仕事はパイレーツ。
戦果をあげ(ぶんどる)売れるものを買いつけ
それを持ち帰り売ってもうけたと言う。
「とくに砂糖は儲かった!お前の父親も
オジィの砂糖を口にしたはずさぁ」と言うほど
もうけたらしい。沖縄では暗黙の了解で
密貿易が横行した時代がある。
その時代をオジィは花々しく生きた。その後、
南方カツオ漁の漁労長となり、今は
隠居の身。昔の話の始めの方は語るが、あまり
多くは語らない。
「ねっ・・・?機関銃とかピストルとか
武装してたの?」と聞くと、遠くを見て笑うだけ
答えてはくれない。
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