佐野元春の新作を聴くときの瞬間のうれしさは例えようがない。
アルバムをプレイヤーにセットすると、
不思議とそこだけ空気が透きとおってくる。
このひとはいつもGraceを胸に抱き、いわば恭謙な姿でいる。
シャツの裾を引っ張って身繕いをし、ライオンのように漫歩する。
目が合うと、口をすぼめて微笑する。
ロックグレイツになった今も、
ことさらに自分を大きくみせることはなく、
むしろ慎重に自分の実像を発信しようとしている。
新作『ZOOEY』が届いた。
佐野元春の、というよりロックンロールの歴史が凝縮されたような作品だった。
エルヴィス、モータウン、ビートルズ、スカ、フィル・スペクター、ブルー・アイド・ソウル...
縦横無尽、変幻自在なサウンド・プロダクションに息を呑む思いがした。
元春流 Wall of Sound のひとつの到達点、
奥行きのあるバンドサウンドが心地いい。
リリックは、「愛」や「命」にまつわるラインが数多く採用されている。
すべてを3.11に結びつけることは、佐野さんの望むところではないだろう。
人生を重ね、様々な恋愛を経験し、
得たりな失くしたりを繰り返しながらも、
ひたむきに前に進み続ける。
そんな知性と自由をオプティミズムの薄皮に包んだ人びとへの賛歌だ。
佐野元春は、茫漠としたロックンロールの荒地をずっと歩き続けている。
そういう太虚そのものの空間を歩くのに、この人ほど似合う人はいない。
逞しげでもなく、弱々しげでもなく、低回するわけでもなく、目的に向かって急ぐわけでもなく、
かといって、足を瞬時もとどめない。
刻々矛盾の中にいながら、刹那に矛盾を解き明かし、
つねに明るく自己を解放している。
「自在」とは本来禅語だが、
つまり佐野さんはいつも自在の中にいるのである。
新作『ZOOEY』を聴いて、
佐野元春はいつだって僕らの味方だということを再確認した。
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