通勤ライダー号の方向指示器、バイクショップに取り寄せ品が届いたため修理をお願いした。チャッチャッと数分で完了。これで方向指示機のチカチカ復活、領収明細には部品名は初めて見る名前でリレーオーディブルとある、ふ~ん。部品代が3300円で工賃1400円、合計4700円に消費税376円、合計5076円のところが6円値引きで5070円で済んだ。値段は安全には変えられないよ。本日、台風の影響で曇り時々晴れ、一時降雨の不安定な天候。バイク乗りには悩ましい休日の土曜日。
1965年にイギリスで最初の上映が開始された人形によるテレビドラマ、サンダーバード。1966年には日本でも放送が始まり、国際救助隊の活躍に当時の少年はとにかく夢中になって一挙にファンになった。何といっても人形の動きが画期的であった、影響を受けた小僧は関節をカクカクした歩き方を真似たり、首を前後左右にこれもカクカクした。唇の動きもパクパクカクカクした。さらには登場する乗り物のプラモデルが出回ると夢中になって制作した。1号や3号はロケットで、輸送機の2号はずんぐりむっくりタイプ、海深く自在に動き回るは潜航艇の4号、5号は宇宙空間に浮かぶ衛星であったかな。今夏、リバイバルのリニューアル?でテレビ放送が始まったようだ、これは楽しみ。スリー、トゥ、ワン。
昨日はうふあがり島、大東島でも北大東島について触れたが、せっかくなので南大東島についても感想など・・。以前、開拓100周年を控えた島に取材で立ち寄り、島の人たちに色々親切にしていただいた。おかげで取材ははかどり、忘れられない思い出が出来た。ここも北大東同様に周囲は断崖絶壁、正に絶海の孤島。砂が手に入らないので、住宅はトタンなどで屋根を葺き、台風対策で平屋建てが多い。海水プールは海岸の岩石を正方形に切り抜いた天然のプール、潮の干満でプールの水量が上下する。水上ゴルフレンジは打ちっ放しだが、ボールが水に浮くので回収しやすい。星野洞は神秘的な洞窟で、海水面より下では気のせいか塩気を感じる。これは島の池でもそうだが、淡水と海水が微妙な配分で交わるため、植物や動物の分布は興味深い。醤油ベースのタレで甘酢めしでまとめた大東すしは、サワラやマグロを乗せた保存食。木灰そばの大東そばは飽きが来ない。海水の淡水化装置で水道が普及しているが、何と申しましょうか、ヌルヌル感があって軟水に近い。さて、断崖絶壁なので港から真下を眺めると水深50メートルは悠にあるし、磯マグロのような巨体が泳いでいるのが確認出来るのだ。サビキ釣りで3キロほどのカンパチを釣り上げたときは「やったぜ」、近くの人がタモ(これが7~8メートルはある長さ)で取り上げてくれた。その後、島の居酒屋でカンパチを刺身にさばいてもらい(これが10人前はあった)、美味しく南海の美味を頂いた。あ~、また釣りに行きたい。で、半永久的に続く港の工事で島には数十人の作業員が滞在しており、居酒屋は勿論、スナックも数軒。島民1500名の島で、年中行事以外に娯楽といえば釣りぐらいなので、お酒は必要なのでせう。小生が滞在中にお邪魔した1軒は、あらま?女性たちの国籍がロシアやフィリピンと実にインターナショナルであった。絶海の孤島で国際交流を果たしたのね。ボロジノアイランドの由来は1820年に付近を航海中のロシアの軍艦ボロジノ号が島を発見したことに由来するのだ。
県立博物館で北大東島の歴史展が開かれているので鑑賞した。以前、取材で一度だけ訪ねた島だ。南北大東島は数千万年にニューギニア辺りから現在の位置に移動したわけだが、両島とも断崖絶壁に覆われて舟が接岸するのも困難で、開拓当初の苦労が偲ばれる。島々は八丈から開拓で移民した先人の歴史から沖縄県でありながら、沖縄では馴染みの薄い江戸相撲やお神輿などの歴史や習俗が受け継がれている。島民も沖山さんとか鬼塚さんとか所謂、大和風の苗字も多い。本土と沖縄の文化が混合した不思議な世界かもしれない。産業遺産ではかつて燐鉱石の採掘が盛んに行われており、今や南と同様にシュガーアイランド、サトウキビが主な生産作物だ。うふあがり島の人口はおよそ600名、あぁ・・また釣りに行きたい。とにかく豪快な釣りが味わえますぞ。
昨日、通勤ライダー号の方向指示器が点滅しなくなった、あらま不便。馴染みのバイクショップに持ち込むと、部品が抜けているらしく取り替えだが、取り寄せのため3日ほど要するという。ま、2万キロ走行中だからあり得ることだな。今日は臨時の部品を取り付けてもらった。
オリオンスーパーベースボール2015、奄美大会1回戦、2試合目の結果報告が社にファクスで届いた。球場は奄美市住用総合グラウンドだ。トーナメント表は社のホームページで更新しました。さて、徳之島から出場の1チームは如何なる具合ですか?
甲子園球場、夏の高校野球。興南高校の三回戦は正にヒヤヒヤ、京都鳥羽高校の主戦、松尾投手をなかなか攻略出来ず、走塁ミスやらバント失敗やらで、すっきりしない展開に呆れてテレビ桟敷は途中からチャンネル替えたりであった。試合結果は勝たせてもらったもの。さて、両者ともご苦労さまでした。
腰痛オヤジはサッカーなでしこジャパンの澤選手結婚の報告に接し、銘酒誕生と解いた。その心は・・澤穂希(さわほまれ)にちなみ、澤乃誉(さわのほまれ)と命名。いいでしょ!泡盛や黒糖焼酎の蔵元で製造しませんか?