食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

綾戸 智恵さんのサイン

2012年07月16日 16時38分05秒 | 日記

昼ごろに出かけ、目的地までナビで178Kmを一般と無料の自動車道の組み

合わせで行くか、奮発するか、時間的な余裕があるから、くだらないことで迷い

ながらフラフラ。自動車道に乗るなら早めの対応が必要だ。

田舎の自動車道は出入り口が極端に少ない。無料区間と有料区間の区分に

は大方、料金所があるから出入り口はあるが、通常の乗り口は小さな町にはな

く、乗り損ねると数キロ以上も戻るか先に行って乗るかになる。

利用効率の点からいうと田舎は辛い。この論は別にするとして、だから今回のよ

うに急に予定変更して自動車道に乗ろうとしたから、入口まで後戻りをして戻っ

てきた距離を含めた料金を払わなければならない事になる。

昼食をとろうと人気のあるラーメン屋に入ったら、私たちが待ち人の第1号だ。

テーブルは空いているが前の客の片つけがしてない。『お待ち席』で待つ、次

の客が来る。店内を見るとテーブルで沢山のお客さんが料理待ち、店員はバタ

バタ。

妻と『こりゃー、大分待たされる』となり、店を出た。この間5分~10分の間、

員と私たちの間に何の会話もなかった。

こんなんで、4時過ぎに旅館に着き6時開演まで一休み。

 

石西(せきせい)文化会館グラントワ、しゃれた名前の場所は美術館とこうしたコ

ンサートもできるホールを備えている。宿から歩いて行くと、単独にしろ複数人

にしろ会場に向かう人は女性が圧倒的に多い。実際、会場の席について見回

すと改めて女性客の多いことに驚かされた。多分、会場は70%より高い確率で

性だったと思う。

私の感覚では本来、Jazzは薄暗い酒場で

 ♪ 『ちょいと待ってなよ、バーボンでも飲みながら、

     少し酔うまでに、あの星

       を採ってくるから・・・・』♪ (こんな歌はありません。出鱈目の自作)

なんてけだるい調子か、デキシーランド・ジャズのように陽気なリズム、あまり女

性には好まれないのではと思っていた。

コンサートの中身は、下手な文でいい表すことなどできない。生のピアノ演奏

に、綾戸さんのあの声、素晴らしくないはずがない。Excellent !!!! 絶妙なトー

クに笑いの渦。

『前の席の人は気づいていると思うので、白状します。昨日、トウモロコシをかじ

ったら、前歯が抜けてもうた。スースーと音が抜け別のサウンドが・・・・』なんてく

だりもあった。

あっという間に2時間のコンサートは終わってしまった。『私、デビュー15周年、

新しいアルバムも段ボールに一杯持ってきました。サイン会もしますので、買

うてください』と商魂たくましい。

最初からサイン会のことは知っていたが、CDを買うまでもないだろうと思ってい

たが、やはり聞いてしまうと欲しくなり『記念に1枚買うか』となった。そうなったら、

妻はサインをもらう気になり並びに行く。買う前にはすぐ横に最後尾がったの

に5割増しくらいに延びていた。100人~200人目くらいかな?暫くし最後尾

を見たら倍くらいになっていた。

田舎は、こんな時にいい。私は綾戸さんがサインしている直ぐ横から眺めてい

た。始まってから20分くらい過ぎた頃に妻の順番になり、サインして貰い握手。

大して待つこともなく簡単にサインをゲット。

コンサートの余韻に浸りながら・・・・・コンサートは恐らく10年ぶり?、NHKのBS

でフォーク・ソングの公開番組が松江市であった時、葉書きで応募したら妻とも

当選で出かけた。

 『かぐや姫』が一時再結成、杉田次郎、山本コウタローと懐かしい人たちが出

演したもので、それ以来だった。

もし、The Blue Heartsが健在でコンサートがあったら、絶対に行くのになー。

                  正真正銘、綾戸 智恵さんのサイン


上海空港

2012年07月15日 09時29分51秒 | 旅行・日記

『綾戸 智恵コンサート』

音楽は好きな方だがジャズとなると、とんと縁のないジャンルで積極的に聞くこ

ともないし、例え記事があっても目を止めることはなかった。それでも有名な歌

や曲の名前は知っている。

テレビで綾戸さんのことを知り、特番でミニコンサートを観て、歌だけではなくト

ークの面白さは人の魅力を増している。各地で開かれるコンサートのチケットは

好評で中々手に入らないそうだ。

今晩のコンサートは益田市、ここから約190Kmの所だ。山陰地方で綾戸さんの

コンサートが開かれることは稀だから元気を出して行くことにした。次にこの近く

で開かれることは・・・・・多分、随分と先の事?

 

『上海空港』

帰国時にもこの空港を経由する。最初にこの空港を利用した時は大きさに驚か

された。様子は分からないから、それを知ることに集中していた。帰国時の経由

はすっかり余裕のある状況だから、この空港の実がよく見えた。

この規模の空港だから、出発ゲートでも時間つぶしはできると思うのは間違い。

同じ店の免税店が並び、レストランなるものは大衆食堂、唯一あるコーヒーショ

プ。まず、お金が必要になる。中国で買い物することはないし、この空港を利

するにしても何か食べるか飲むかだから、最低の両替を、と思ったのがまた

い。両替の金額にかかわらず固定的に手数料を取られるから少額の両替

は、欺にあったような気分になる。

2000円の両替をし手元には1400円相当の元が残った。この仕組みを知らな

いし、今後も調べる気はない・・・・

虎の子を持ちレストランに入る。前回も利用しているから様子はよく知っている。

ここの値段が高い、ラーメンもどきは900円くらいもする、コーヒーやジュースな

はぜいたく品でもないのに高い。

メニューを見てもこれといったものはないのに、とにかく高い。外の自販機のジ

ースと同じようなものを4~5倍で売っている。この空港の食部門は失格。出

発ゲートに入る前に食事は済ませておくこと。

他にこれといったものがないから、暇つぶしグッズは自分で用意すべし。


帰国の途

2012年07月14日 21時41分49秒 | 旅行

Eさんのママが亡くなられ、墓はないがその墓参という名目でEさんを励ますこ

とが目的の旅は、私たちの頭の中に具体的なこととしてはなかった。だから私

たちにしても急なことだった。

この数日間、一時とはいえどEさんと一緒に見たり食べたり、時には微笑んだ

り、大笑いをしたりした。悲喜こもごもこれが、一言でこの旅を言い当てている。

私が頑固娘という。『You don’t follow what father say』   私の言うことを聞

かない。 すかさず『Here is Singapore』と返す。日本に来たとき私が、ここは

日本だから私に従えと言ったことをシンガポールで言っているのだ。

『Hey stubborn daughter』   頑固娘、と言うと又返す。

私たちは安心と楽しんだことに有難う。お世話になった方々にも感謝。帰国に

際し見送りに来るなというのに頑固娘は空港にやってきた。この辺りの方言を

教え込んだ甲斐があり『Dan dan』と違和感なく言う。出国ゲートをくぐり大分

いたでも、未だ手を振ってくれていた。来るなと言ったのに来た代償を帰

国後のメールに綴っていた。

『見送った後、ママのことなどを思い返し涙が出て、またまた泣きました。今日は

少しいいみたい』その悲しみは私たちが、ほんのひと時慰めることが出来ても、

局は自分が克服するまで繰り返すものだ。Eさんだけの試練ではない。

広い、広い空港を歩き出発ゲートに向かった。

    

 面白くも何ともないがチャンギ国際空港の一部


シンガポール最後の夜

2012年07月13日 17時58分14秒 | 旅行

所謂ウオーター・フロントだったりベイエリアなどと呼ばれる海辺の新開拓地。

昔のイメージからいくと港町で魚市場やそれにまつわる産業で栄える地区とな

るのだが、近年は貿易関係、金融関係の企業やレジャー産業が集積するとこ

ろだ。

ここシンガポールは後者の方だ。北部以外は外海に接するが漁業の香りやそ

うした風景はマーケット以外では全く見られない。一次産業のかけらすら見る

ことができないと言った方が正しいのかもしれない。食料品はもちろんのこと、

飲料水までも隣のマレーシアから入ってくるというから、風景などないのが正し

いかも。

本日が最後の夜、Eさんの予約していたマリーナ・ベイ・サンズホテルの真向

いにあるレストランのテラス席へ。私はそんなに食べられないから少量でいいと

いうのに、結構大量に並べられた。タイガービールを飲みながらシー フード

を頂く。名物のチリ・クラブはとてつもなく大きなものを頼むから足1本くらいし

か食べられなかったが、これは格別に美味しかった。手づかみで食べるので

手がチリソースで汚れる。この料理を頼むと茶碗にお茶のようなものがついて

くる。手が汚れたらお茶のような液体で手を洗うのだ。これをお茶と間違う人も

いるらしい。

 日本式でいうと未だ喪が明けていないから目出度いことは先送りになるが、早

くパートナーを見つけること、式には私たちを呼ぶことをしっかりと約束させた。

兄はいるがオーストラリアに移民?のような形で暮らしているからシンガポール

の家のことは全てを彼女が引き継ぐらしい。

私たちもEさんが所帯を持ち落ち着いてくれたら、本当に嬉しいかぎりだが・・・

満腹になったがテーブルにはたくさんの料理が残っている。ボーイさんを呼び

パックにしてもらいTake outだ。

日本でも大分定着しつつあるが未だ不十分だと思う。刺身のような生ものや規

制をきちんと守らない輩が作る料理など危険なものもあるが、火を通したものな

ら大半がOKでお客は堂々と要求すべきだ。

大量に食べ残して行くことは『自分の食べる量も分からない恥ずかしいこと』と

思うべし。

席を後にし帰ろうとしたら正面のマリーナ・ベイ・サンズ・ホテルのライトショーが

始まった。音楽に合わせた噴水や色々な角度、光を放つレーザー光ショーだ。

雄大できれいな光のショーを鑑賞。

ふと周辺をみると高層ビル群にも明かりがつけられており、まるで不夜城のよう

な街並みに見える。

ホテルに戻り、帰国の準備。そして小腹を空かせて残っている??フルーツを食

しシンガポールの全日程を終了。

    

        マリーナ・ベイ・サンズ・ホテルの光ショー

 

                                                 

   オーキッド・ガーデン

                 


チャンギ捕虜収容所・博物館

2012年07月12日 16時16分39秒 | 旅行

Changi Prisoner Church and Museumと紹介されているものが正式名称かと思

っていたらただのThe Changi Museumとなっていた。今回の旅で一番遠出す

る私たちにとって難敵になるのか、少しの不安を抱えながらMRTに乗り込む。

ホテルと最寄りのMRT駅オーチャードとは徒歩で15分はかからない距離、私

たちはこの間を一度もタクシーを使わなかった。

あらためて、ネット上の口コミのいい加減さ?、度を越えた個人差を打ちのめし

てやりたいからではない。これ位の距離をタクシー利用しなければならないの

は足に不自由のある方や高齢者の方だ。たったこれくらいで、不便だのタクシ

ーが安いから苦にならないなどと馬鹿な口コミに投稿する暇があったら、この爺

さんのように元気よく歩く訓練でもし給え。

この博物館は第2次世界大戦で捕虜になったイギリス軍が収容されていた場

所、教会も復元され遠くイギリスから在りし日の肉親を偲び訪れる人が多い。私

たち日本人は敗戦国、つまり戦争犯罪人の末裔になる。

タンピニスまでMRTに乗り、バス乗り場を探したが直ぐに見つからなかったの

で、諦めてタクシーに乗りこみ博物館を目指す。例のグーグル地図で見た景色

が頭の中に残っていたので、様子がよく分かった。帰りのバス停の位置も確認

博物館で研修のスタート。

お客様は欧米人ばかりで日本人は私と妻の二人。

戦時中、POW(Prisoner of War)として身分を保証されることは当時の日本の兵

站から考えられば、国際条約を守ることなど無理で、条約違反はごく当たり前の

ように繰り広げられていた。

食糧難、薬品、道具など捕虜になった人たちは地獄のような苦しみを味わった

ことが詳細に展示されている。

特に、教会には来訪者が父や祖父に宛てた感謝,ねぎらい、平和の誓いを綴っ

た多数の小片が張り付けられている。戦争は勝っても失うものが多すぎて勝利

たとは喜べない、ましてや敗戦国は・・・・いつになったら人はこんな馬鹿げ

た行為を止める勇気と英知を持つようになれるのだろうか。

観終わりすぐそばのカフェで冷たいものを頼み、タクシーは捕まるかと聞いたら

呼んでくれると言ったが、従業員の コールでは駄目だとか訳の分からないこと

言われ、通りで捕まるから待って下さいとのことだった。バスはどうも便数が少な

いようで反対方向に行くバスが1台通っただけなので、タクシーで帰ることにし

た。案じることなく博物館に来たタクシーを拾いタンピニスまで帰り、MRTでシン

ガポールのアメ横Bugisを覗いて観ることにした。大した目的がないからガイドブ

ックなどで紹介されている通りに行っても目移りがしないから直ぐに退散しホテ

小休止。

私たちにとってはIt was a hard day、最後の夜はマリーナベイでEさんと一緒に

シーフードの食事をとることにしている。

                  

     ブランド品、プランター米、50cm位に成長

今夕にちょいとした飲み会があること、日中が特に蒸し暑いため午後は休息に

したことから、早めのアップと相成りました。


金融街の屋台村

2012年07月11日 18時22分46秒 | 旅行

『金融街にある屋台村』

Eさんは植物園・蘭園にKさんという若者を通訳として連れてきた。私たちの会

話で通訳が要るような複雑なことはなく困ることはないが話のつなぎにでもなれ

ばと連れてきたのだと思う。

こちらで働いていて近々にタイの方に応援で行かなければならないと言ってい

た。以前は台湾で仕事をしていて彼女は台湾の人で、すぐではないが結婚も

視野に入れているとのことだ。植物園を出ると彼は用事があるというので、ここ

で別れ私たちは少し時間があるからホテルで休憩していくことにした。Eさんは

Lau  Pa Sat Festival Marketに連れて行ってくれるという。サテーという焼き鳥

のようなものが名物のひとつ。南国での旅は昼間の暑い時には涼しいホテル

で休憩をとると疲れがない。

アンコールワットではガイドが暑いからではないだろうが、そんな時間をとって

案内してくれた。

ホテルを出て向ってみるも少々時間が早いのかお客も雰囲気も盛り上がって

なかった。一緒に食事する人を呼んでいるから楽しもうということだった。暫

くEさんが注文でバタバタしていたが落ち着き、話をしていると一人目のお客さ

ん、3月に富士宮でママたちと一緒に巡礼に来た人で,麦(Mak)さん・・・確かに

えていた。そうこうすると次のお客さんは前回私たちをナイトサファリに連れて

行ってくれ、夜中までお付き合いしてくれたAntonieとSharali夫妻だった。1回し

か会っていないが大変お世話になったので強い印象が残っていた。

ワイワイ・がやがやとシーフードをつつきながら騒ぐ屋台は日暮れ近くになると

満席となり、辺りは煙もうもう状態。

ここはマリーナベイフィナンシャルセンターや名だたる金融機関などの関連オ

フィスのある由緒ある場所。ホコテンにして、高層ビルの間をBBQや焼き肉の

煙が漂うなんてこのアンバランスがいい。

東京のビジネス街の一角を屋台村にしたのと同じだ。その一角は通行止めに

なっているが通りの先はタクシーやら商用車やらが忙しそうに走っていた。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、私たちは散歩がてらフラトンホテル、ボート

キー周辺を歩いてからホテルに戻り残り1日となった明日のために鋭気を養い

つつおやすみの準備を始めた。

ここで、Eさんからもらった果物を食べてしまわないと捨てることになると気づく。

大きなマンゴーと??フルーツが残っているから、頑張ってマンゴーを頂いた。

南国ではマンゴーを市場で買ってホテルで食べるのでナイフは必需品でいつ

も準備していく。ほどよく熟れて甘く美味しいマンゴーで満腹の腹はパンパン

・・・・・・・おやすみ。 

    

      欄園の一部              屋台村      マンゴー

 


ドリアン・どりあん・ドリアン

2012年07月10日 18時19分54秒 | 旅行

『ドリアンに挑戦』

お寺を出ると少し先の方の道端に簡単な椅子とテーブルが置かれたフルーツ

スタンド?勿論のこと屋根などない。小路を挟んだ向かい側では山のように積

まれたドリアンをナタで割り中の実を取り出していた。横で見ているだけでも強

烈な臭いがプンプンする。

取り出した果肉は発泡スチロールのトレーに3~4個入ったものが3$くらいで

丸ごとは大きさにもよるが同じくらいだ。Eさんが買ってきた。私は体調不良で

要らないと言い代理に妻を指名した。妻は経験者なので要領は知っており、

難なく食べる。矛先が再び私に。

観念して一口味見をするも、先入観とあのむせるような臭いで『オエッ』、皆さ

んの期待通りの結果に大笑い。とても、これを飲み込むなど至難の技でござ

る。さすがに簡易フルーツ・スタンド・トリアン編だ、すぐ傍にドリアンのカス捨て

のゴミ箱が用意されており臭いも満載。現地の人は美味しそうにかぶりつい

いる。老いも若きも。

食後の散歩は市場の散策。私には至極の時間だ。果物はとても安い。日本へ

は運賃がかかるから日本では馬鹿みたいな値段になる。大きさによるが3個で

10$、20ドルだから1個当たり230円くらい、好きな人は1個ペロリかも。

私たちは後述するがホテルで1個食べ堪能した。カンボジアやタイの市場では

1個最低50円くらいから買うことができる。

ここまでの過程で、ずっとEさんが案内してくれたし明日もボタニック・ガーデン

と蘭園を案内する予定にしていた。

ここはホテルからの散歩コースで案内不要といったのに、日本人のイケメンを

通訳代わりに連れてくるという。夕食を一緒にと誘われたが『私の招待なら行く』

と伝えるも頑固娘はいうことを聞かないので、疲れたと断りホテルに 帰ること

した。後から、考えたらこの時メイドのAdaも一緒だったから・・・・・揃って食べた

かったかも。

 

ホテルに帰り、近くのあまり繁盛していないTanglin Mal(それでもガイドブックに紹

介されている)のフードコートに行きあっさりとしたものを探す。こうした所でも日

本食は若者に人気があり幕の内弁当、かつ丼,天ぷら、茶わん蒸しなど 種類

も豊富・メインは特になく中華、韓国、インド系、欧米、ニョニャ料理の店が並

ぶ。結局『Fish ball mee』、魚団子入り麺、スープありを頼む。現地の人は麺を

ときにスープなしが多いらしい。ハンペンみたいな魚団子が入っているだ

けなのに『シンガポールの美味しいメニュー』なんて紹介されている。

たしか3~4$くらいだったからフードコートは安い。

      マンゴーと??フルーツ(とても甘い)


カブトムシの大敵

2012年07月09日 18時34分41秒 | 旅行・日記

『カブトムシの大敵』

大型ビニールハウスでカブトムシ幼虫の生息する堆肥を保護し、安心していた

らビニールに穴を開け憎っくきテンが成虫は身体の本体部(オスの場合、角の

ある頭部より下)だけの柔らかいところを食べていた。

幼虫は全てを食べている。堆肥に穴を掘り鼻を突っ込み、さらに堀りそこらじゅ

うに居る幼虫を食べるのだ。ハウスの中は残骸が沢山残されていたので、ハウ

ス周囲を電気柵で囲んだがトラブルで、その後も侵入を許していた。本格的な

対策をとり今晩からは大丈夫のつもりだ。

ハウス外の堆肥にも同様に幼虫が生息しているので、そこもテンの餌場になっ

ていたので本日、草刈り、電柵の延長により保護できるようにした。

テンは小さい動物で電線と地上の隙間が少なくする必要がある。電気柵が雑

草などに触れショートするとバッテリーの放電を促進し直ぐに電圧低下になり

動作しなくなるので、小まめな点検が必要になる。

次々と成虫化したカブトムシの雄姿を見せて欲しい。午後は、この仕事に手を

取られ、ご苦労様。

『寺参り、再会』

Eさんの家からタクシーに乗りお寺まで20分くらいで行けた。MRTだと市内の

中心地に出て乗り換えて少し戻る感じの位置だ。以前の記憶、グーグル・マッ

プの街並みを連続して見ることのできる名前の分からないやつで眺めた通り

や建物を目にしながらお寺に着いた。

すると、3月に富士宮で会った方が『Do you remember me ?』と声をかけて下

さったり、また知らないのに何やら声をかけてくれる人がいた。やがてNさんが

読経を始められ、何も知らない私たちだがママのためにお祈りをした。

お祈りや説教のようなものが英語と中国語で交互に執り行われた。Nさんは6か

国語を話せるというのも頷けた。

ここと別の国にいたら、そこの母国語で説教しなければならいだろうから。

Eさんは観念したのかママの位牌をNさんに手渡した。これも一つの区切りで

次の一歩の踏み出しだ。日本で、私たちがお世話になったことのお礼を言う

変な形の再会になってしまったが何となく懐かしかった。

Eさん曰く『お父さんたちはここでは有名。この春に、本山でママのためにお

祈りをしてくれた日本人とNさんが紹介したから』。それで知らない方からも声

があったのだ。

ママのためのお祈りが終わり暫くNさんと話をした後に一緒に写真を撮り、お

寺を出た。お寺の周辺には有名なフルーツ市場があるので、その散策へgo


鶏の足料理

2012年07月08日 18時36分40秒 | 旅行

『Eさん宅へ』

3日目、朝食後、散歩がてらにボタニック・ガーデン(植物園)の入口まで出か

けた。翌日はここに入園の予定にしているので場所確認も含めてのものだ。ゆ

っくと歩いて15分ほどで到着、口コミでは『歩いて行けない距離ではない』

とか『散歩に丁度いい距離』と個人差があった。66歳になりかけの爺さん曰く

『近い』ホテルに戻り暫くロビーで涼んでいたら、約束の時間になりEさんが現

れ一緒にマリーナ地区で食事をしようということになりタクシーに乗り込む。

タクシー料金はとても安いので利用しやすい。しかもメーターは正確でボラレ

ルことはないそうだ。

ただ、時間帯・地区などにより料金が追加になりとても分かりにくい。ある場所

を通過してホテルに帰る場合と、別の場所を通過して帰る場合、距離が同じ

でも料金は異なることがある。時間や曜日によってもあるそうだ。

さて、食事場所はマリーナ金融街の中心地にあるモール内で中華料理。おし

ゃれな美味しい料理を堪能するも私はそんなに沢山は食べられないから目で

も楽しむ。

Eさんが『鶏の足を食べる?』・・・・・私は知ってはいたが妻なら食べるかもと断

る。すると『アヒルの舌は?』・・・・・・Eさんは自分も食べないにからかい半分だ。

結局、Eさんと妻がchicken feet  とやらを注文した。

私の知っていたものとは異なり、爪は外してあり指はバラバラで衣でに包み軽

く揚げたものを煮込んだようなもので妻の話ではゼラチン質の食感、特別に美

味しいというものではなかったそうだ。

食事後、タクシーでEさんのお宅を訪問しシンガポールママの位牌に手を合わ

せる。前回はこの部屋で、ニコニコしながら冷たいものやお菓子をママから進

められたことや一緒に写真を撮ったことを思い出した。位牌は49日にはお寺

に返却しなければならないのに、何かにと理由をつけて返却していなかったの

だ。今日、これから返却するというから、どうも私たちがこの家で拝むために、

そうしてくれていたのではないかと思う。

当然のこと、電話騒ぎの当事者メイドのエダさんとも再会した。

Eさんの家族写真を見ながら昔を説明されたり、身内の不満話を聞かされた。

私などは人畜無害だから鬱憤を晴らしスーッとしてもらえれば結構だ。

                  植物園入口       鶏の足

 

                http://www.gan3.com


チキンライス

2012年07月07日 17時29分41秒 | 旅行

 『文東記(ブントンキー)のチキンライス』

Eさんが仕事を終わってからホテルで待ち合わせ夕食をとることにしていたの

で、ホテルのロビーでくつろぎながら待っていた。約束の時間頃だったと思う

が何やらプラカードのようなものを示しながらボーイさんが人探しの様子。

こちらにやって来たプラカードには私の名前、、、聞くと電話がかかっていると

いうから受付デスクに行く。Eさんがラッシュで少し遅れると連絡してくれた。

暫くすると小走りのEさんが現れ、タクシーを待たせているからと急かす。

3月末以来の再開だから久しぶりではない。外見は元気そうで少し安心したと

いうと、ここのところ仕事が忙しくて、気が紛れて泣くのをも忘れるほどだったと

言う。チキンライスはシンガポールの庶民派名物らしいが食べたことはなかっ

た。私たちが想像するものは、チャーハン風のものにケチャップ味だが、ここ

は蒸した鳥の出汁でご飯を炊きこみ鶏肉を一緒に頂くというもの。この店はシ

ンガポールで一番人気、そういえばお客さんが並び始めていた。

私にとって鶏肉は独特の匂いが感じられ、特に薄味の料理に鶏肉があると閉

口する。しかし、ここのチキンライスはわりと薄味なのに、そうしたこともなく美味

しく食べられた。

郷に入れば郷に従え、そうここはシンガポールだからTiger Beerをいただこう。

私ひとりの酒宴だが、多少なりともアルコールが入るとブロークン・イングリッシ

ュがデストロイ(破壊)イングリッシュになってしまう。

そうした中でEさんはお母さん逝去後の心境を語ってくれた。何よりもねぎらい

たかったのは、母の願いである日 本の総本山への巡礼、帰国直後からの病院

での看病、逝去、葬儀、49日、総本山への分骨を一人で背負ったことだ。

年齢は40前だから決して若くはないが単身の女性が抱えきるには重すぎる。

だから、涙が枯れるほど泣いたのだ。慰める言葉もねぎらう言葉もないがよく頑

張ったと端的に伝えた。

私たちのことをよく知っているから。それで十分通じたと思う。

       

   ロビーには欄  ゴンドラのようなエレベーター 各階の部屋


原発、事故調の報告書

2012年07月06日 18時11分48秒 | 旅行・日記

『Break ! 原発のこと』

昨日、TVで国会の事故調が福島原発の報告書を公表した。委員長が概要に

ついて説明していたが、東電や政府のそれと異なる内容で、しかも素人が聞い

てもストーンと落ちるところがあり、よくぞここまでの報告書を作成されたと感謝

すると共に感激した。

東電と政府はグルになって過去の自然災害から将来を予測した対策をしてこ

なかった。つまり、最初から想定していなのだから、何があっても想定外で、自

分たちは悪くないと言い張っている。

こうした政策をとってきたのは自民党政府ではないか。政権交代し、過去の不

具合を是正する政府に期待したが、同じ過ちをしようとしている。

こうした状況下に提出された報告書は、過去を断罪し今後取るべきことを提言

の形で纏めている。とても読みやすいし丁寧に記載されている。ネットでも公開

されていると聞いたので、早速にダウンロードしようとしたが大変な混雑らしくつ

ながらない。昼に挑戦したら難なくつながった。 

http://www.naiic.jp/ 国会 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会

 

『半日市内観光付きのツアー』   

到着翌日の午前中に昼食付のツアーがあり無料だったので、参加することに

していた。朝9時過ぎの集合だから、ゆっくりと朝食をとることができる。朝食

は洋食と多少ながら和食もどきも準備されている。

口コミを参考にしてこのホテルを選んだが総じて食事は美味しく、特にパンや

ハムは日替わりで種類が変わる。卵料理、中華麺またはフォーのような料理

はコックが目の前で作る、お馴染みのスタイルが取り入れられていた。

さて、和食はご飯・お粥(サフランみたいなものの味)、梅干し・漬物・のり・味

噌汁などは毎日同じもの。和食党だから試してみたが可もなく不可もなくといっ

たところ。南国のホテルはジュースが本当の果汁、フルーツもたっぷりなんだ

が・・・・・マンゴーがないではないか。ジュースも、フルーツとしても出されてい

ない。その代わりにと言っては何だがパパイヤはたっぷりとある。

ロビーに行きガイドさんと合流して、市内観光の始まり始まり。

前回、回ったコースと全く同じ、フードコートまで。そして極めつけは世界三大

がっかりのマーライオンだ。

前回は独立記念日に向けてお化粧直しで網の中、今回もまたまた網の中で

水をゲロしていない。これは運が良いのか悪いのか。

チャイナタウン、スリ・アママン寺院、仏牙寺、ラッフル上陸サイト,宝石屋、フ

ードコート、DFS解散のコースだった。フードコートではフライド・フッケン・ミー

を食べようと思っていたが店がなく、中華うどんみたいなものを食べたが量が

多すぎて、二人で一つでも十分な感じ。

折角、付随している無料ツアーだから参加したものの、2度も行く価値はない

なーーー。午後はMRTに初乗りで国立博物館、バトルボックス(WWⅡの英

指令所)に出かけてみた。

    

スリ・アママン寺院  仏牙寺    ラッフル卿上陸地  工事中のマーライオン

   

   フードコート            博物館で前撮り    バトル・ボックス


いざ、新嘉坡へ

2012年07月05日 17時32分30秒 | 旅行

『上海経由、海南島(シンガポール)行』

前回、上海経由でカンボジアに行った時は経由であるにも拘らず、入国手続

きをして到着ゲートから出国ゲートに集団で秘密の扉を通り移動した。到着便

と次の便が同一の航空会社の場合の乗継方式だ。

もし次の便が同一でないと、入国審査を受けた後に1Fに移動して出発ゲート

に行くらしい。ネット情報によると、同一会社の乗継はここまでの航空券の半

券、次のチケット、荷物扱表(クレームタグ)、パスポートの4点セットを示せば

チケットに印鑑を押してくれ、秘密の通路から行けるらしい。だが、そのカウン

ターは常に開いているのではないらしい。このことは岡山の旅行会社の人か

らも説明があった。

私たちは運よく行き帰りともに開いていたので秘密の扉経由だった。時間が

あったので2時間ほど前に貰ったチケットに記載されている搭乗ゲートに行

ってみると、ちゃっかり変更になっているではないか、上海空港は広いから変

更になったゲートに移動するにも、相当歩かないと行けない。

文句たらたらで待ちシンガポールに向かう。

 

2009年以来のチャンギ空港、飛行機を降りてから到着ロビーまで歩く歩く、

歩くエスカレーターに乗りながらまた歩く。他の便で来るツアー客と合流して

ガイドに連れられてホテルに。空港着は19時40分頃だったのにホテルへは

20時30分頃になった。Eさんに電話をかけると明らかにEさんの声でない人

の声で『No』と聞こえたので『Sorry』と告げ電話を切った。近くのレストランで

食事をとりホテルのロビーで電話のかけ方を聞いてみるが間違いはない。

次は妻がかけてみるも同じ結果だった。Eさんの携帯だとばかり思っていたが

家の固定電話にメイドさんが出ていたのだ。

暫くしてEさんから電話があり翌日の夕食を約束して、久々のシンガポールの

夜を過ごした。


帰国

2012年07月04日 19時10分28秒 | 旅行

『シンガポールから帰国』

昨日、夜遅く岡山に到着し岡山で一泊、今日の昼過ぎ帰宅。

6/28早朝04時10分、乗用車で岡山空港に向けて出発。一応ツアーの参加

なので岡山空港のツアーデスクには出発の2時間前に集合することになって

いる。混雑の有無に関係なく集合時間は決められるので、田舎発のツアーは

迷惑なことだ。つまり、チェックインにも出国手続きに時間はかからないから、只

々待つだけのために集合させられてた感がするのだ。

だが前回行った関空からのトルコツアーは受付に時間を要したから2時間前

は納得。小言はこれ位にして。

シンガポールママ、満願院開桜妙維信女の供養と称し、娘のEさんを励ましに

出かけた。初日の午前だけに設定された市内観光付きのツアーで、ホテルは

どこにしようか。トレンドとしてはSMAPのコマーシャルで有名になったMarina

 Bay Sandsホテルに泊まってみようか・・・・・ここは前回泊まったリッツ・カール

トン・ミレニアムと同じエリアで、そう遠くないし、口コミを調べると評判はよくな

い。第一候補は満杯でRegentホテルにした。繁華街のオーチャード通りから

徒歩で10分ほどの場所だった。

草深い田舎の八雲町から自動車で2時間かけて岡山空港に、そして上海空

港経由でシンガポールを目指す、空港で受付を終え、レストランで朝定食を

頂き出発時刻9時10分を待つ、ひたすら待つ。今回の航空会社は中国東

方航空とJALの共同便だが機体は東方航空のもの。

このような形態が、どのような力関係で成り立っているのか知らないが、中国

勢のパワーはすごい。PCの世界でもあのガリバーと呼ばれたIBMからPC事

業を買収しLENOVOとして業界の一角に座っている。かつて猿真似と言わ

 れた日本はチャイナパワーをただの猿真似と侮ってはならない。、日本人は

そうした経緯を知っているはずだ。

発展してきた国は失敗の繰り返しを英知に変える術を身に着けてきた。韓国

しかり、中国しかりだ。

さて、我が国日本は・・・・・と心配しながら旅立つのはいつものこと。


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