バスの中、北村と彼女は並んで腰掛けた。で、オレはとゆーと、2人の後ろの席に座った。北村はいろいろと彼女に質問し、とも子は筆談でそれに答えていた。2人は今日初めて会ったはずなのに、とても仲良く見えた。まるで古い友人のようだ。キャッチャーはよく「女房」と言われるが、これじゃどっちが女房なんだか…
※
北村が降りるバス停が近づいてきた。北村が名残惜しそうにバスを降りた。彼女は北村にお別れの手を振ったが、やつの姿が完全に消えると途端、突然振り向き、オレの顔を見た。その目はいつものにこっとした目ではなく、かなり真剣な目だった。オレは一瞬あせった。しかし、筆談用のノートを見せられ、ちょっと拍子抜けした。それにはこう書いてあった。「隣りに座っていいですか」
「あ… ああ、いいよ」
そうオレが返事をすると、とも子はいつものにこっとした顔を見せ、オレの右隣りに座ってきた。オレにぴたっと密着して… オレはまじでびびった。女の子にここまで接触されたのは、いったい何年ぶりだ?
彼女はそんなオレを見て、またにこっとした。そして今度は、オレの右の二の腕に左手を巻き付け、頬をすり寄せてきた。
「な、なんなんだよ、いったい…」
オレの顔は、すぐさま真っ赤になってしまった。心臓の音が異常に速く、なおかつ強く打ち始めた。
ふいに次のバス停をコールする車内放送が流れた。
「次は皆川一丁目、皆川一丁目」
「オ、オレ、ここで降りなくっちゃ…」
と言うと、彼女はふと悲しい目をオレに見せた。しかし、すぐにまた普段のにこっとした顔に戻った。
オレは定期券を運転士に見せ、バスを降り、歩き出した。と、ふと後ろからの視線を感じた。きっとあの子の視線だ。オレはピッチャーをやってたせいか視線を浴びるのは慣れっこだったが、こーゆー視線を浴びるのは初めてだ。振り返りたい。振り返りたいが、あえてここは振り返らず、オレは真っすぐ歩き続けた。
※
しかし、なんでとも子はバスの中であんなことをしたんだ? オレにほれたのか? 初めて会ったのは昨日だから、一目ぼれ? それとも、中学時代からのファン? もしかしたら、聖カトリーヌ紫苑学園に転入して来たのは、オレが目当てだったのかも…
オレは布団の中でいろいろ考えを巡らせた。とも子の頬の温もり、お風呂に入ったとゆーのに、オレの右手には、なぜかそれがまだ残っていた。
いつもはこの時間になると、あの恐怖に顔を引きつらせた女の子の顔が浮かんでくるのだが、今夜はとも子のことで頭が一杯だった。
※
翌日の授業中、オレはずーっととも子を見ていた。彼女の席はオレのより前だから、オレは彼女の後頭部しか見ることができないのだが、それでもオレは、なんとも言えない幸せを感じていた。授業なんか、もうどうでもよかった。
しかし、とも子の人気は相変わらずだった。休み時間になると、彼女の回りには必ず人垣ができた。野球部に入ったことが、それに拍車をかけたようだ。
「ともちゃんが投げるタマは、めちゃくちゃ速くって、ボクでも捕るのがやってなんだよ」
「へぇ~、すご~い」
北村のやつ、とも子の豪速球のことしゃべりまくってる… おいおい、北村、頼むからそんなにチームの秘密をばらすなよ。
そして、放課後が来た。
※
ナインが守備練習している傍ら、ブルペン用に設けられたスペースでとも子が北村相手にピッチング練習を始めた。彼女の豪速球を受けるたび、北村のミットはビシッ、ビシッと鳴った。いい音だ。監督はそのとも子のピッチングに魅入っていた。監督もこれなら勝てるとゆー自信がわいて来たんだと思う。
が、しかし、正直なところ、彼女のピッチングには大きな欠点がある。でも、その欠点は高校野球程度じゃ、めったに表面化しないと思う。ま、甲子園を狙ってるとしたら、矯正しなくっちゃいけないと思うが…
※
ふと1台のバスがオレの視界に飛び込んできた。グランドの向こう側にある道路を低速で走ってるバスだ。そのバスが角を曲がり、こちらに向かって来た。そのバスの横っ腹にはこう書いてあった。
城島高校。
城島高校とは、野球で有望な中学生を高額な奨学金で次々と釣っている、言わば本気で甲子園を狙ってる高校である。オレの中学時代のチームメイトも何人か釣られてた記憶がある。なんか、すごくいやな予感がしてきた…
※
城島高校のバスがグランドの通用門の脇に停まり、1人の男が降りて来た。
竹ノ内監督、中学時代の恩師…
竹ノ内監督は城島高校野球部のウインドブレーカーを着ていた。どうやら竹ノ内監督まで城島高校に釣られてたらしい…
「いや~、久しぶりだなあ」
竹ノ内監督はへらへらとした顔でオレに声をかけてきた。こんな顔をする監督じゃなかったのに… オレはわざとけげんな顔を見せ、返答してやった。
「なんの用ですか?」
「いやな、キミがここにいると聞いてね。なんか、急にキミに会いたくなってね… ユニフォームを着てるところを見ると、どうやらリハビリはうまく行ったみたいだな。
どうだ、ついでと言っちゃなんだが、今ここで我が校と練習試合をしてみないか?」
「な、何言ってんですか? とてもじゃないですが、うちはあなたたちの練習相手にはなりませんよ!!」
心配になったうちの監督が、くちばしを挟んできた。監督のゆーとーりだ。聖カトリーヌ紫苑学園と城島高校じゃ、レベルが違い過ぎる。練習試合なんて、どう考えたってむりだ。
しかし、竹ノ内監督はどうしてもうちとやりたいみたいだ。
「いや~、心配することないですよ。うちは二軍しか出しませんから。
実はね、今春の公式戦をやってきたところで。だから今は、二軍しか使えないんすよ」
「し、しかし…」
うちの監督は、それでもためらった。当たり前だ。城島高校は二軍でも、それでも我が学園よりはるかに上。監督が考えてる通り、ここはていねいにお断りした方が得策だと思う。でも、うちには今とも子がいる。とも子がどこまで通用するのか、試してもみたい…
「どうです、監督、5回までやってみては?」
「そ、そうだな、5回くらいなら…」
監督はオレの提案を受け入れてくれた。
「じゃ、5回までとゆーことで」
とゆーと、竹ノ内監督は振り向き、バスに声をかけた。
「おーい、みんな、降りてこーい!!」
バスから城島高校ナインが降りて来た。みんなふてぶてしい顔だ。特に見覚えのある2人が、オレを見てにやっと笑った。柴田と福永。中学時代、同じ釜の飯を食った仲だ。こんなところで、この2人に会うとは…
「いや~、キャプテン、久しぶりですねぇ~」
柴田がへらへらとした顔でしゃべりかけてきた。ちっ、カンに触るやつだ。
※
うちはホームとゆーことで、後攻めとなった。とも子がマウンドに立ち、北村相手にピッチング練習を始めた。
「お~い、女の子が投げてんぞ!!」
「かわいい~」
「パンツ見せて~」
城島高校ナインが野球人にあるまじきヤジと嘲笑をとも子に浴びせた。竹ノ内監督、あんた、変わっちまったな。オレの知ってる竹ノ内監督は、教え子がこんな下品なヤジを飛ばしたら、即行ぶん殴ってるはず。
「気にすんな」
オレはとも子のそばまで行って、そう声をかけた。とも子はうなずいてくれた。
「いつも通り投げれば、絶対大丈夫!!」
とも子は今度はオレの目を見て、瞳で「はい」と答えた。
※
いよいよとも子の1球目。推定時速140キロのスピードボールが、北村のミットを鳴らした。バッターは呆然と見逃すしかなかった。下品なヤジを飛ばしまくっていた城島高校ナインが、とたんに沈黙した。ふふ、どうだ、とも子の実力は!!
城島高校の1・2・3番バッターは、とも子の豪速球に空振りを繰り返し、3者三振に倒れた。オレが想像してた以上の出来だった。しかし、これでやつらも本気モードに入った。2回以降、短めにバットを持ち、こつこつと当ててきた。それでもやつらは、とも子の豪速球に負け、次々とポップフライを撃ち上げた。ときどきファールで逃げるやつもいたが、そのときは例の150キロを超える豪速球で空振りさせた。「行ける!!」と言いたいところだが、実は我が学園の打線も、城島高校の二軍のピッチャーに、完全に沈黙していた。
※
両軍とも1人もランナーを出せないまま、いよいよ試合は5回表に突入した。とも子がこの回を押さえ切れば、一応我が学園の負けはなくなる。
と、竹ノ内監督が突如立ち上がり、声を挙げた。
「ピンチヒッター、柴田!!」
柴田って… あいつ、レギュラーだろ!?
「監督、約束が違うぞ!!」
オレは竹ノ内監督を怒鳴った。それに対し、竹ノ内監督は余裕で答えた。
「うちの二軍がぜんぜん撃てないんだ。このへんで一軍を出してもいいんじゃないのか?
だいたいキミんとこのピッチャーだって、これじゃ、なんの練習にもならんだろ?」
一理ある。それにとも子の限界を試してみたい気もある。とも子のスタミナもまだ十分あるようだし、オレは竹ノ内監督の提案を受け入れることにした。
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北村が降りるバス停が近づいてきた。北村が名残惜しそうにバスを降りた。彼女は北村にお別れの手を振ったが、やつの姿が完全に消えると途端、突然振り向き、オレの顔を見た。その目はいつものにこっとした目ではなく、かなり真剣な目だった。オレは一瞬あせった。しかし、筆談用のノートを見せられ、ちょっと拍子抜けした。それにはこう書いてあった。「隣りに座っていいですか」
「あ… ああ、いいよ」
そうオレが返事をすると、とも子はいつものにこっとした顔を見せ、オレの右隣りに座ってきた。オレにぴたっと密着して… オレはまじでびびった。女の子にここまで接触されたのは、いったい何年ぶりだ?
彼女はそんなオレを見て、またにこっとした。そして今度は、オレの右の二の腕に左手を巻き付け、頬をすり寄せてきた。
「な、なんなんだよ、いったい…」
オレの顔は、すぐさま真っ赤になってしまった。心臓の音が異常に速く、なおかつ強く打ち始めた。
ふいに次のバス停をコールする車内放送が流れた。
「次は皆川一丁目、皆川一丁目」
「オ、オレ、ここで降りなくっちゃ…」
と言うと、彼女はふと悲しい目をオレに見せた。しかし、すぐにまた普段のにこっとした顔に戻った。
オレは定期券を運転士に見せ、バスを降り、歩き出した。と、ふと後ろからの視線を感じた。きっとあの子の視線だ。オレはピッチャーをやってたせいか視線を浴びるのは慣れっこだったが、こーゆー視線を浴びるのは初めてだ。振り返りたい。振り返りたいが、あえてここは振り返らず、オレは真っすぐ歩き続けた。
※
しかし、なんでとも子はバスの中であんなことをしたんだ? オレにほれたのか? 初めて会ったのは昨日だから、一目ぼれ? それとも、中学時代からのファン? もしかしたら、聖カトリーヌ紫苑学園に転入して来たのは、オレが目当てだったのかも…
オレは布団の中でいろいろ考えを巡らせた。とも子の頬の温もり、お風呂に入ったとゆーのに、オレの右手には、なぜかそれがまだ残っていた。
いつもはこの時間になると、あの恐怖に顔を引きつらせた女の子の顔が浮かんでくるのだが、今夜はとも子のことで頭が一杯だった。
※
翌日の授業中、オレはずーっととも子を見ていた。彼女の席はオレのより前だから、オレは彼女の後頭部しか見ることができないのだが、それでもオレは、なんとも言えない幸せを感じていた。授業なんか、もうどうでもよかった。
しかし、とも子の人気は相変わらずだった。休み時間になると、彼女の回りには必ず人垣ができた。野球部に入ったことが、それに拍車をかけたようだ。
「ともちゃんが投げるタマは、めちゃくちゃ速くって、ボクでも捕るのがやってなんだよ」
「へぇ~、すご~い」
北村のやつ、とも子の豪速球のことしゃべりまくってる… おいおい、北村、頼むからそんなにチームの秘密をばらすなよ。
そして、放課後が来た。
※
ナインが守備練習している傍ら、ブルペン用に設けられたスペースでとも子が北村相手にピッチング練習を始めた。彼女の豪速球を受けるたび、北村のミットはビシッ、ビシッと鳴った。いい音だ。監督はそのとも子のピッチングに魅入っていた。監督もこれなら勝てるとゆー自信がわいて来たんだと思う。
が、しかし、正直なところ、彼女のピッチングには大きな欠点がある。でも、その欠点は高校野球程度じゃ、めったに表面化しないと思う。ま、甲子園を狙ってるとしたら、矯正しなくっちゃいけないと思うが…
※
ふと1台のバスがオレの視界に飛び込んできた。グランドの向こう側にある道路を低速で走ってるバスだ。そのバスが角を曲がり、こちらに向かって来た。そのバスの横っ腹にはこう書いてあった。
城島高校。
城島高校とは、野球で有望な中学生を高額な奨学金で次々と釣っている、言わば本気で甲子園を狙ってる高校である。オレの中学時代のチームメイトも何人か釣られてた記憶がある。なんか、すごくいやな予感がしてきた…
※
城島高校のバスがグランドの通用門の脇に停まり、1人の男が降りて来た。
竹ノ内監督、中学時代の恩師…
竹ノ内監督は城島高校野球部のウインドブレーカーを着ていた。どうやら竹ノ内監督まで城島高校に釣られてたらしい…
「いや~、久しぶりだなあ」
竹ノ内監督はへらへらとした顔でオレに声をかけてきた。こんな顔をする監督じゃなかったのに… オレはわざとけげんな顔を見せ、返答してやった。
「なんの用ですか?」
「いやな、キミがここにいると聞いてね。なんか、急にキミに会いたくなってね… ユニフォームを着てるところを見ると、どうやらリハビリはうまく行ったみたいだな。
どうだ、ついでと言っちゃなんだが、今ここで我が校と練習試合をしてみないか?」
「な、何言ってんですか? とてもじゃないですが、うちはあなたたちの練習相手にはなりませんよ!!」
心配になったうちの監督が、くちばしを挟んできた。監督のゆーとーりだ。聖カトリーヌ紫苑学園と城島高校じゃ、レベルが違い過ぎる。練習試合なんて、どう考えたってむりだ。
しかし、竹ノ内監督はどうしてもうちとやりたいみたいだ。
「いや~、心配することないですよ。うちは二軍しか出しませんから。
実はね、今春の公式戦をやってきたところで。だから今は、二軍しか使えないんすよ」
「し、しかし…」
うちの監督は、それでもためらった。当たり前だ。城島高校は二軍でも、それでも我が学園よりはるかに上。監督が考えてる通り、ここはていねいにお断りした方が得策だと思う。でも、うちには今とも子がいる。とも子がどこまで通用するのか、試してもみたい…
「どうです、監督、5回までやってみては?」
「そ、そうだな、5回くらいなら…」
監督はオレの提案を受け入れてくれた。
「じゃ、5回までとゆーことで」
とゆーと、竹ノ内監督は振り向き、バスに声をかけた。
「おーい、みんな、降りてこーい!!」
バスから城島高校ナインが降りて来た。みんなふてぶてしい顔だ。特に見覚えのある2人が、オレを見てにやっと笑った。柴田と福永。中学時代、同じ釜の飯を食った仲だ。こんなところで、この2人に会うとは…
「いや~、キャプテン、久しぶりですねぇ~」
柴田がへらへらとした顔でしゃべりかけてきた。ちっ、カンに触るやつだ。
※
うちはホームとゆーことで、後攻めとなった。とも子がマウンドに立ち、北村相手にピッチング練習を始めた。
「お~い、女の子が投げてんぞ!!」
「かわいい~」
「パンツ見せて~」
城島高校ナインが野球人にあるまじきヤジと嘲笑をとも子に浴びせた。竹ノ内監督、あんた、変わっちまったな。オレの知ってる竹ノ内監督は、教え子がこんな下品なヤジを飛ばしたら、即行ぶん殴ってるはず。
「気にすんな」
オレはとも子のそばまで行って、そう声をかけた。とも子はうなずいてくれた。
「いつも通り投げれば、絶対大丈夫!!」
とも子は今度はオレの目を見て、瞳で「はい」と答えた。
※
いよいよとも子の1球目。推定時速140キロのスピードボールが、北村のミットを鳴らした。バッターは呆然と見逃すしかなかった。下品なヤジを飛ばしまくっていた城島高校ナインが、とたんに沈黙した。ふふ、どうだ、とも子の実力は!!
城島高校の1・2・3番バッターは、とも子の豪速球に空振りを繰り返し、3者三振に倒れた。オレが想像してた以上の出来だった。しかし、これでやつらも本気モードに入った。2回以降、短めにバットを持ち、こつこつと当ててきた。それでもやつらは、とも子の豪速球に負け、次々とポップフライを撃ち上げた。ときどきファールで逃げるやつもいたが、そのときは例の150キロを超える豪速球で空振りさせた。「行ける!!」と言いたいところだが、実は我が学園の打線も、城島高校の二軍のピッチャーに、完全に沈黙していた。
※
両軍とも1人もランナーを出せないまま、いよいよ試合は5回表に突入した。とも子がこの回を押さえ切れば、一応我が学園の負けはなくなる。
と、竹ノ内監督が突如立ち上がり、声を挙げた。
「ピンチヒッター、柴田!!」
柴田って… あいつ、レギュラーだろ!?
「監督、約束が違うぞ!!」
オレは竹ノ内監督を怒鳴った。それに対し、竹ノ内監督は余裕で答えた。
「うちの二軍がぜんぜん撃てないんだ。このへんで一軍を出してもいいんじゃないのか?
だいたいキミんとこのピッチャーだって、これじゃ、なんの練習にもならんだろ?」
一理ある。それにとも子の限界を試してみたい気もある。とも子のスタミナもまだ十分あるようだし、オレは竹ノ内監督の提案を受け入れることにした。