「明日桐ケ台高校に勝ったら、甲子園に行けますか?」
と、真顔のとも子が筆談で話しかけてきた。大切な試合の前日であっても、オレととも子はいつものファミレスでいつものようにおしゃべりをしてた。
「ああ、もちろん行けるよ」
と、オレは返答した。とも子の表情は、とたんに笑顔になった。
桐ケ台高校に勝てるほどの実力があれば、間違いなく甲子園に行けると思う。でも、桐ケ台高校に勝てる確率は、正直1%もない…
しかし、そんな絶望的なこと、チームのエースに面と向かって言えるはずがなかった。
「明日、がんばろうな」
それくらいしか言えなかった。
しかし、大事な試合の前日だとゆーのに、オレはこんなところでチームのエースとデートしてていいのか? 今日は早く帰るべきじゃ… オレはそう判断すると、いつものようにとも子とキスをし、そそくさと家路についた。
※
家に帰ると弁護士の先生がいて、親父とお袋と打ち合わせをしてた。そう、明日は例の判決の日でもあるのだ。オレも裁判に出たいが、大事な試合と重なってるので、それは絶対にむり。ま、この裁判、どう考えたってこっちが勝つに決まってる。あの朝おじいちゃんは黄色の点滅信号を無視して交差点に進入したが、向こうは赤の点滅信号を無視して、猛スピードで突っ込んで来たんだ。黄色の点滅信号は「徐行」だが、赤の点滅信号は「一時停止」。絶対に向こうが悪い!!
でも、やっぱ裁判に出たい。裁判に出れば、あの助手席に乗っていた少女の行方がわかると思う。あの子は今でも生きてんだろうか? 生きてるとしたら、今どうしてるんだろうか?
その夜、またあの女の子が夢に出て来た。やはり恐怖に顔を引きつらせていた。
※
いよいよ試合当日となった。桐ケ台高校が出るとあって、1回戦だとゆーのに球場は満員だった。通常1回戦だと外野席は開放されないのだが、その外野席まで人があふれていた。マスコミ関係者もたくさん来てた。満員の観客とマスコミの目的は、主に3つあるようだ。
1つ目はとも子。女子でしかも障害のあるエースってことで、注目されてるらしい。しかし、とも子の真の実力は、実のところ、だれも知らないと思う。城島高校との練習試合以後どことも対戦してないし、城島高校と対戦したときのとも子は、今とは別人と言えるほど貧弱だった。
桐ケ台高校は、きっととも子をなめてくると思う。
※
2つ目は、桐ケ台のエース、岡崎の人気。やつは去年春の大会で甲子園のマウンドをたった1人で守り抜き、決勝戦まで進出。しかし、連投につぐ連投がたたり、最後は力つきた。そのたんたんと投げる姿が人々の共感を呼び、やつは時の人となった。
ま、これだけならよく聞く話だが、実はこの話には続きがあった。準優勝を祝って桐ケ台高校の応援団が酒盛りしてしまったのだ。悪いことに、その中に当時の野球部員が数人加わってたことが発覚し、野球部は謹慎に追い込まれた。で、1年間の対外試合自粛。つまり、岡崎にとって、今日の試合は1年ぶりの対外試合なのである。スタンドを埋めた観客は、ほとんど岡崎に注目してるはずだ。
ちなみに、我が聖カトリーヌ紫苑学園の応援団は、だれ1人来てないようだ。オレたちは母校に見捨てられたらしい。
※
3つ目はオレとか。いや、正確に言えば、オレ対岡崎。かつての岡崎のライバルがスラッガーに転向して、岡崎と対決…
バカゆーな!! たしかに岡崎と何回か投げあった記憶はあるが、やつをライバルと思ったことなんか一度もなかったよ。中学時代のオレは常勝だったんだ。敵と言えるピッチャーは、1人もいなかったよ。
※
先攻は我が学園が取った。桐ケ台高校の先発ピッチャーがマウンドに上がり、ピッチング練習を始めた。だが、そいつは岡崎ではなく、安藤とゆー初めてその名を聞くピッチャーだった。そーいや、桐ケ台高校は去年春の反省から、岡崎以外に何人かのピッチャーを育ててるとゆー話を聞いたことがある。きっと安藤は、その中の1人なのだろう。ちなみに、安藤はまだ1年生。ふっ、なめられたものだ。
安藤のピッチング練習をベンチから観察したが、たしかにエース級の実力はありそうだ。が、明らかにとも子よりは下。そのとも子に鍛えられたんだ。うちのナインが撃てないはずがない。絶対撃ち崩してやる!!
※
いよいよ試合開始。1番バッターの渡辺がバッターボックスに立った。
安藤の1球目。低めに押さえられたストレート。が、とも子のタマから見れば棒ダマだ。渡辺はやつらしく、コンパクトにバットを振り抜いた。
カキーン!! 打球はショートの横をするどく抜け、センター前に転がった。渡辺は1塁ベース上でガッツポーズ。いや、渡辺だけじゃない。聖カトリーヌ紫苑学園野球部員全員が、「やったーっ!!」と大はしゃぎをした。もちろん、ただのシングルヒットだ。1点も獲ってない。でも、うれしいのだ。なんか、まじで桐ケ台高校に勝てる気がしてきた。
2番バッターの大空だが、ここはやはり1点が欲しい。で、絶妙な送りバント。1塁ランナーの渡辺は、難なく2塁に進んだ。
続くバッターは唐沢。その1球目は明らかなボールダマ。敵のピッチャー安藤は、完全に浮足立っている。チャンスだ!! 行け、唐沢!!
※
ネクストバッターサークルで試合を凝視してたら、ふと視野の端に白いものが入ってきた。それはとも子が掲げている大きなスケッチブックだった。「ヘイヘイ、ピッチャービビッてるよ!!」とゆーヤジがそこに大きく書いてあった。オレは思わず苦笑してしまった。
「ヘイヘーイ、ピッチャービビッってんよーっ!!」
オレが代わりにヤジを飛ばすと、とも子がにこっと笑ってくれた。こんなときでも、とも子の笑顔はかわゆいんだようなあ…
※
カキーン!! 唐沢がうまく流し撃った。ライト前ヒット。渡辺が俊足を活かし、一気に3塁を回った。しかし、これはちょっと無謀だった。渡辺の足がホームベースに到達するより早く、ライトからの返球がキャッチャーミットに到達してしまったのだ。
「ドンマイ!! ドンマイ!!」
みんな、このアウトには失望しなかった。逆にこのピッチャーなら点が獲れると確信できた。しかも当の安藤は今のホーム寸前タッチアウトに安堵してるらしく、隙間だらけになっている。これは1球目から狙うべき!! オレはそう決断すると、左バッターボックスに立った。
1球目は案の定、棒ダマだった。カキーン!! オレが思いっきりバットを振り抜くと、タマは弾丸ライナーでサードの頭を越え、レフトの脇を襲い、外野フェンスを直撃した。1塁ランナーの唐沢が、長躯ホームイン。やったーっ、先取点ゲットだ!! オレは2塁ベース上で思わずガッツポーズしてしまった。いや、オレだけじゃない、聖カトリーヌ紫苑学園野球部員全員がはしゃいでた。オレはその中でも、ちょっと冷静になってるとも子に瞳で話しかけた。
「あとはまかせたぞ」
とも子はこくりとうなずいた。
※
5番中井が凡退し、攻守交替。いよいよとも子のピッチングのお披露目のときが来た。とも子がマウンドに立つと、桐ケ台高校のファンばかりのスタンドから、嘲笑とヤジが聞こえてきた。出てきたピッチャーが小さい女の子だったから、みんなでバカにしてるようだ。正直こんなやつらは、球場に来て欲しくない。桐ケ台高校も、岡崎も、つまらないファンを持ってしまったものである。
ここは一発、とも子の目が覚めるような豪速球を見せつけてやりたいところだが、それは大事なウイニングショット。しばらくは重たいストレートを投げさせておいた方が得策だと思う。オレはそう判断すると、キャッチャーの北村にサインを出した。ピッチャーのリードはキャッチャーの仕事だが、重要な局面ではオレがサインを出すことになっていた。
※
敵の1番バッターが右バッターボックスに立った。いよいよとも子の1球目。サイン通りの低めのストレート。撃つ気満々の敵バッターがジャストミートした。しかし、打球はレフト大空のグローブに難なく納まった。撃ったバッターが首をひねってるが、手元で微妙に落ちる重たいストレートを闇雲に撃ったら、よくても今のような外野フライである。敵さんは見事術中にはまってくれたらしい。
続く2番3番バッターも闇雲にバットを振ってくれ、三者凡退。2回3回もとも子は桐ケ台高校打線をパーフェクトに押さえた。この間に追加点を取っておくと楽になれるのだが、うちの打線も2回以降、安藤をまったく撃てなくなってしまった。
しかし、4回表、先頭打者の唐沢は、簡単には引き下がらなかった。厳しいタマをファールファールで逃げ、ついに来たあまいタマをセンター前に撃ち返した。
敵ベンチがざわついてきた。むりもない。次のバッターはさっきホームラン寸前の2塁打を撃ったオレだ。敵ベンチから選手の1人が飛び出し、主審に走り寄った。伝令だ。続いてベンチ脇で肩を作っていた岡崎が、マウンドに向かって歩き出した。今度はスタンドがざわつき出した。ふふ、桐ケ台高校の監督さんよ、なかなかおもしろいことしてくれるじゃんかよ。
※
いよいよ岡崎がマウンドに立った。甲子園準優勝投手、最高の対戦相手だ。
はたして岡崎はどんなタマを投げるのか? オレはやつの投球練習をじっくりと観察した。しかし、「あれ?」って感じになってしまった。甲子園準優勝投手が投げるタマではないのだ。切れも伸びもない…
こいつ、本当に肩を作ってたのか? いや、それ以前に、コンディションそのものを作ってなかったんじゃ?… ともかく、身体がゆるゆるなのだ。そう言や、1回戦と2回戦の間って、日程の都合上、5日も空くんだっけ。こいつ、オレたちが弱いからって、ここは控えのピッチャーにまかせ、次の試合から出てくるつもりだったな。ふっ、なめられたもんだ…
※
試合再開。マウンド上の岡崎が、オレを見てにやっとした。こいつ、投手として復活できなかったオレを嘲笑してるのか?
岡崎がセットポジションに入った。スタンドのボルテージが、一気に最高潮に達した。
1球目。来たタマは、思った通りの大あまだった。野球をバカにすんな!!
カキーン!! 思いっきりバットを振り抜くと、打球はピッチャーマウンド上の岡崎を襲った。慌てて両手で顔を防御する岡崎。が、打球はその岡崎の頭上でぐーんと伸び、センターの頭もはるかに越え、バックスクリーンを直撃した。
スタンドがシーンとなった。あの岡崎がこんなホームランを撃たれるはずがない。だれもがそう思ったんだろう。
マウンド上で腰砕けになってる岡崎が、わなわなと震え出した。オレはダイヤモンドを廻ってる最中、ずーっとしらけた視線を岡崎に浴びせてやった。けっ、ざまーみろだ!!
と、真顔のとも子が筆談で話しかけてきた。大切な試合の前日であっても、オレととも子はいつものファミレスでいつものようにおしゃべりをしてた。
「ああ、もちろん行けるよ」
と、オレは返答した。とも子の表情は、とたんに笑顔になった。
桐ケ台高校に勝てるほどの実力があれば、間違いなく甲子園に行けると思う。でも、桐ケ台高校に勝てる確率は、正直1%もない…
しかし、そんな絶望的なこと、チームのエースに面と向かって言えるはずがなかった。
「明日、がんばろうな」
それくらいしか言えなかった。
しかし、大事な試合の前日だとゆーのに、オレはこんなところでチームのエースとデートしてていいのか? 今日は早く帰るべきじゃ… オレはそう判断すると、いつものようにとも子とキスをし、そそくさと家路についた。
※
家に帰ると弁護士の先生がいて、親父とお袋と打ち合わせをしてた。そう、明日は例の判決の日でもあるのだ。オレも裁判に出たいが、大事な試合と重なってるので、それは絶対にむり。ま、この裁判、どう考えたってこっちが勝つに決まってる。あの朝おじいちゃんは黄色の点滅信号を無視して交差点に進入したが、向こうは赤の点滅信号を無視して、猛スピードで突っ込んで来たんだ。黄色の点滅信号は「徐行」だが、赤の点滅信号は「一時停止」。絶対に向こうが悪い!!
でも、やっぱ裁判に出たい。裁判に出れば、あの助手席に乗っていた少女の行方がわかると思う。あの子は今でも生きてんだろうか? 生きてるとしたら、今どうしてるんだろうか?
その夜、またあの女の子が夢に出て来た。やはり恐怖に顔を引きつらせていた。
※
いよいよ試合当日となった。桐ケ台高校が出るとあって、1回戦だとゆーのに球場は満員だった。通常1回戦だと外野席は開放されないのだが、その外野席まで人があふれていた。マスコミ関係者もたくさん来てた。満員の観客とマスコミの目的は、主に3つあるようだ。
1つ目はとも子。女子でしかも障害のあるエースってことで、注目されてるらしい。しかし、とも子の真の実力は、実のところ、だれも知らないと思う。城島高校との練習試合以後どことも対戦してないし、城島高校と対戦したときのとも子は、今とは別人と言えるほど貧弱だった。
桐ケ台高校は、きっととも子をなめてくると思う。
※
2つ目は、桐ケ台のエース、岡崎の人気。やつは去年春の大会で甲子園のマウンドをたった1人で守り抜き、決勝戦まで進出。しかし、連投につぐ連投がたたり、最後は力つきた。そのたんたんと投げる姿が人々の共感を呼び、やつは時の人となった。
ま、これだけならよく聞く話だが、実はこの話には続きがあった。準優勝を祝って桐ケ台高校の応援団が酒盛りしてしまったのだ。悪いことに、その中に当時の野球部員が数人加わってたことが発覚し、野球部は謹慎に追い込まれた。で、1年間の対外試合自粛。つまり、岡崎にとって、今日の試合は1年ぶりの対外試合なのである。スタンドを埋めた観客は、ほとんど岡崎に注目してるはずだ。
ちなみに、我が聖カトリーヌ紫苑学園の応援団は、だれ1人来てないようだ。オレたちは母校に見捨てられたらしい。
※
3つ目はオレとか。いや、正確に言えば、オレ対岡崎。かつての岡崎のライバルがスラッガーに転向して、岡崎と対決…
バカゆーな!! たしかに岡崎と何回か投げあった記憶はあるが、やつをライバルと思ったことなんか一度もなかったよ。中学時代のオレは常勝だったんだ。敵と言えるピッチャーは、1人もいなかったよ。
※
先攻は我が学園が取った。桐ケ台高校の先発ピッチャーがマウンドに上がり、ピッチング練習を始めた。だが、そいつは岡崎ではなく、安藤とゆー初めてその名を聞くピッチャーだった。そーいや、桐ケ台高校は去年春の反省から、岡崎以外に何人かのピッチャーを育ててるとゆー話を聞いたことがある。きっと安藤は、その中の1人なのだろう。ちなみに、安藤はまだ1年生。ふっ、なめられたものだ。
安藤のピッチング練習をベンチから観察したが、たしかにエース級の実力はありそうだ。が、明らかにとも子よりは下。そのとも子に鍛えられたんだ。うちのナインが撃てないはずがない。絶対撃ち崩してやる!!
※
いよいよ試合開始。1番バッターの渡辺がバッターボックスに立った。
安藤の1球目。低めに押さえられたストレート。が、とも子のタマから見れば棒ダマだ。渡辺はやつらしく、コンパクトにバットを振り抜いた。
カキーン!! 打球はショートの横をするどく抜け、センター前に転がった。渡辺は1塁ベース上でガッツポーズ。いや、渡辺だけじゃない。聖カトリーヌ紫苑学園野球部員全員が、「やったーっ!!」と大はしゃぎをした。もちろん、ただのシングルヒットだ。1点も獲ってない。でも、うれしいのだ。なんか、まじで桐ケ台高校に勝てる気がしてきた。
2番バッターの大空だが、ここはやはり1点が欲しい。で、絶妙な送りバント。1塁ランナーの渡辺は、難なく2塁に進んだ。
続くバッターは唐沢。その1球目は明らかなボールダマ。敵のピッチャー安藤は、完全に浮足立っている。チャンスだ!! 行け、唐沢!!
※
ネクストバッターサークルで試合を凝視してたら、ふと視野の端に白いものが入ってきた。それはとも子が掲げている大きなスケッチブックだった。「ヘイヘイ、ピッチャービビッてるよ!!」とゆーヤジがそこに大きく書いてあった。オレは思わず苦笑してしまった。
「ヘイヘーイ、ピッチャービビッってんよーっ!!」
オレが代わりにヤジを飛ばすと、とも子がにこっと笑ってくれた。こんなときでも、とも子の笑顔はかわゆいんだようなあ…
※
カキーン!! 唐沢がうまく流し撃った。ライト前ヒット。渡辺が俊足を活かし、一気に3塁を回った。しかし、これはちょっと無謀だった。渡辺の足がホームベースに到達するより早く、ライトからの返球がキャッチャーミットに到達してしまったのだ。
「ドンマイ!! ドンマイ!!」
みんな、このアウトには失望しなかった。逆にこのピッチャーなら点が獲れると確信できた。しかも当の安藤は今のホーム寸前タッチアウトに安堵してるらしく、隙間だらけになっている。これは1球目から狙うべき!! オレはそう決断すると、左バッターボックスに立った。
1球目は案の定、棒ダマだった。カキーン!! オレが思いっきりバットを振り抜くと、タマは弾丸ライナーでサードの頭を越え、レフトの脇を襲い、外野フェンスを直撃した。1塁ランナーの唐沢が、長躯ホームイン。やったーっ、先取点ゲットだ!! オレは2塁ベース上で思わずガッツポーズしてしまった。いや、オレだけじゃない、聖カトリーヌ紫苑学園野球部員全員がはしゃいでた。オレはその中でも、ちょっと冷静になってるとも子に瞳で話しかけた。
「あとはまかせたぞ」
とも子はこくりとうなずいた。
※
5番中井が凡退し、攻守交替。いよいよとも子のピッチングのお披露目のときが来た。とも子がマウンドに立つと、桐ケ台高校のファンばかりのスタンドから、嘲笑とヤジが聞こえてきた。出てきたピッチャーが小さい女の子だったから、みんなでバカにしてるようだ。正直こんなやつらは、球場に来て欲しくない。桐ケ台高校も、岡崎も、つまらないファンを持ってしまったものである。
ここは一発、とも子の目が覚めるような豪速球を見せつけてやりたいところだが、それは大事なウイニングショット。しばらくは重たいストレートを投げさせておいた方が得策だと思う。オレはそう判断すると、キャッチャーの北村にサインを出した。ピッチャーのリードはキャッチャーの仕事だが、重要な局面ではオレがサインを出すことになっていた。
※
敵の1番バッターが右バッターボックスに立った。いよいよとも子の1球目。サイン通りの低めのストレート。撃つ気満々の敵バッターがジャストミートした。しかし、打球はレフト大空のグローブに難なく納まった。撃ったバッターが首をひねってるが、手元で微妙に落ちる重たいストレートを闇雲に撃ったら、よくても今のような外野フライである。敵さんは見事術中にはまってくれたらしい。
続く2番3番バッターも闇雲にバットを振ってくれ、三者凡退。2回3回もとも子は桐ケ台高校打線をパーフェクトに押さえた。この間に追加点を取っておくと楽になれるのだが、うちの打線も2回以降、安藤をまったく撃てなくなってしまった。
しかし、4回表、先頭打者の唐沢は、簡単には引き下がらなかった。厳しいタマをファールファールで逃げ、ついに来たあまいタマをセンター前に撃ち返した。
敵ベンチがざわついてきた。むりもない。次のバッターはさっきホームラン寸前の2塁打を撃ったオレだ。敵ベンチから選手の1人が飛び出し、主審に走り寄った。伝令だ。続いてベンチ脇で肩を作っていた岡崎が、マウンドに向かって歩き出した。今度はスタンドがざわつき出した。ふふ、桐ケ台高校の監督さんよ、なかなかおもしろいことしてくれるじゃんかよ。
※
いよいよ岡崎がマウンドに立った。甲子園準優勝投手、最高の対戦相手だ。
はたして岡崎はどんなタマを投げるのか? オレはやつの投球練習をじっくりと観察した。しかし、「あれ?」って感じになってしまった。甲子園準優勝投手が投げるタマではないのだ。切れも伸びもない…
こいつ、本当に肩を作ってたのか? いや、それ以前に、コンディションそのものを作ってなかったんじゃ?… ともかく、身体がゆるゆるなのだ。そう言や、1回戦と2回戦の間って、日程の都合上、5日も空くんだっけ。こいつ、オレたちが弱いからって、ここは控えのピッチャーにまかせ、次の試合から出てくるつもりだったな。ふっ、なめられたもんだ…
※
試合再開。マウンド上の岡崎が、オレを見てにやっとした。こいつ、投手として復活できなかったオレを嘲笑してるのか?
岡崎がセットポジションに入った。スタンドのボルテージが、一気に最高潮に達した。
1球目。来たタマは、思った通りの大あまだった。野球をバカにすんな!!
カキーン!! 思いっきりバットを振り抜くと、打球はピッチャーマウンド上の岡崎を襲った。慌てて両手で顔を防御する岡崎。が、打球はその岡崎の頭上でぐーんと伸び、センターの頭もはるかに越え、バックスクリーンを直撃した。
スタンドがシーンとなった。あの岡崎がこんなホームランを撃たれるはずがない。だれもがそう思ったんだろう。
マウンド上で腰砕けになってる岡崎が、わなわなと震え出した。オレはダイヤモンドを廻ってる最中、ずーっとしらけた視線を岡崎に浴びせてやった。けっ、ざまーみろだ!!