競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第8話

2007年08月19日 | エースに恋してる
 とも子の野球熱は、練習にも現れていた。カーブはあっとゆー間に会得してしまった。ピッチングホームも自ら矯正し、振りかぶるタイプからセットポジションに近いタイプに変えた。このホームだとスタミナの消耗が少なくなるうえ、コントロールがよくなる。とも子は野球のデスクワークにも、力を入れてるようだ。
 練習のフィニッシュのランニングも、とも子の提案で学園の周囲2周6キロが3周9キロとなった。それでももの足りないとも子は、4周12キロにしたいと言い出した。しかし、いくらなんでもこれはオーバーワークだ。オレはキャプテンとしてそれは却下した。ともかく、とも子のやる気はすさまじく、押さえるのが大変だった。
 いつしか聖カトリーヌ紫苑学園野球部は、とも子を中心としたチームになっていた。みんな、守備練習に心血を注いだ。一生懸命投げ込むとも子を見て、エラーしたら申し訳ないと思ったんだろう。あの箕島さえ、別人のように守備がうまくなった。バッティングも全員向上してきた。かつての大あま体質は完全に消えた。いつしか、みんなの心に「行ける」とゆー想いが芽生えて来た。
 そして、いよいよ夏の全国高校野球の県大会が近づいて来た。
     ※
 夏、陽はすでに昇っているが、早朝のせいか、町はまだ眠っていた。オレはおじいちゃんが運転する軽トラックの助手席に座っていた。ほとんどの信号は点滅状態で、その交差点の信号も点滅してた。黄色の点滅だった。黄色の点滅信号は徐行して進入するのがルールだが、おじいちゃんは減速せず、その交差点に進入した。その瞬間、右側からものすごいスピードのスポーツカーが突っ込んで来た。おじいちゃんは慌ててハンドルを切った。しかし、もう間に合いそうになかった。そのとき、ほんの一瞬だが、スポーツカーの助手席に座る、恐怖に顔をひきつらせた少女の顔が見えた。
     ※
 ここでオレの夢は途切れた。久しぶりにこの夢を見た。あのときの事故そのものの夢。とも子と出会って以来、あの恐怖にひきつった顔は夢にあまり出てこなくなったのに、なんで今になってあの忌まわしい事故の夢を見たんだ? そういや、あの事故の判決の日が決まったんだっけ。オレも当事者としてその裁判に出席したいが、悪いことに、県大会の1回戦がそこに入りそうな雰囲気がある。そう、もう夏の大会がすぐそこまで来てるのだ。ともかく、1勝。今は1回戦でくみしやすそうな相手に当たることを祈るだけである。
     ※
 が、しかし、抽選は最悪の結果となった。1回戦は判決の日となったのだ。それ以上にショックだったのが、対戦相手…
 桐ヶ台高校。去年春の甲子園で準優勝した高校…
 その大会をたった1人で投げ抜いたエース岡崎は、当時2年生だった。てことは、現在3年生。さらに進化してるはず。オレたちはそんな剛腕と戦うハメになってしまったのだ。
     ※
 この報告を聞いて、オレたち聖カトリーヌ紫苑学園野球部ナインは消沈した。とも子がいれば、最低1勝はできるはず。だれもがそう思ってた。特に3年生は1度も勝ってなかったから、最後の戦いとなるこの夏の大会は、どうしても1勝が欲しかった。だが、相手が岡崎を擁する桐ケ台高校じゃ、どう考えてもそれはむりだ。オレたちゃ、つくづく運がないらしい。
 けど、いつまでもため息ばかりついてちゃいけないと思う。ここはキャプテンのオレがなんとかしないと…
「みんな、たしかに岡崎は強いが、岡崎だって人の子だろ? オレたちが撃てないはずがないだろ!!」
「で、でも、相手は甲子園の準優勝投手ですよ。どう考えたって、撃てませんよ…」
 さっそくナインの1人から、弱気な発言が飛び出した。この弱気をなんとかしないと…
「ふふ、岡崎からだって、1点くらいは獲れるだろ?
 いいか、うちには澤田がいるんだ。澤田なら、桐ケ台高校を0点に押さえることができる・」
 オレは自信に満ち満ちた目でとも子を見た。
「そうだろ、澤田!!」
 とも子も自信満々な目で大きくうなずいた。
「ともかく、1点だ!! 1点さえ獲れば、絶対勝てる!!」
「岡崎から点を獲るなんて、絶対むりですよ…」
 オレの狙いとは逆に、ナインの口からは、ただ消極的な発言しか出てこなかった。が、ここで唐沢がおもむろに口を開いた。
「みんな、キャプテンの言う通りだ。岡崎だってオレたちと同じ高校生だろ? 1点くらい獲れなくってどうする?
 たしかに岡崎はすごい。オレだって認めるよ。だがなあ、なんにもしないで負けんのは、オレのプライドが絶対許さない!! おまえたちは、どーなんだよ!?」
「オ、オレだって、それくらいのプライドはあるよ!!」
 中井がそう答えた。それを聞いて唐沢は、さらに発言した。
「試合まであまり時間がないが、どうだ、みんな、悔いを残さないように一生懸命練習しないか? 全力で岡崎にぶつかってやろうぜ!!」
「そ、そうだな… 一生懸命やってそれでも負けたんなら、悔いも残らないよな」
 あっとゆー間に部員たちにやる気が出た。唐沢はみんなを後押しするように、さらに発言した。
「さあ、みんな、練習をおっ始めようぜっ!!」
「おーっ!!」
 どうやら唐沢の話術で、みんなにやる気が出たようだ。オレの役目なのに… ふふ、まさか唐沢に助けられるとは…
 当の唐沢が、一瞬「どうだ」って顔をしてオレを一べつした。オレはなんとなく照れ笑いをしてしまった。
     ※
 ここんとこ守備練習がメインだったが、今日からは岡崎を意識したバッティング練習をメインにすることにした。バッティングピッチャーはとも子が買って出た。しかし、低めにコントロールされたストレート、高めにホップする豪速球、右バッターから見てストライクゾーンからボールゾーンへ逃げて行くカーブのコンビネーションに、1番渡辺と2番大空はファールさえ撃てず、続く唐沢も当てるのがやっとだった。とも子のタマの切れは、さらに増してるようだ。また、ピッチングの組み立てもうまかった。どうやら、北村がうまく組み立ててるようだ。北村もそうとう勉強してるらしい。
 しかし、こんなに完璧なピッチングをされちゃ、バッティング練習にならないよ…
     ※
 打順はオレの番になった。オレは左バッターボックスに立った。とも子と本気で対戦するのは何日ぶりだろう? しかし、毎日デートしてる女のタマを撃つなんて、なんか不思議な気分だ…
 1球目。前3人の初球は低めの重いストレートだったのでそれにヤマを張ったが、来たタマは高めの豪速球だった。空振り。こりゃ、とも子も北村も本気だな。
 2球目。外角のカーブ。オレはボールと判断して見送ったが、ホームプレート近くで思った以上にカーブして来た。
「キャプテン、今のはストライクですよ」
 得意満面に北村がしゃべった。
「ふっ、ボールだよ」
 と、オレの反論。でも、正直今のタマは、外角低めぎりぎりに入ってた。こんなすごいカーブを短期間で会得してしまうとは… なんてすごいピッチャーなんだ、とも子は。
 3球目。いよいよオレが待っていた低めのストレートが来た。ジャストミート… のつもりが、なぜか凡ゴロになった。どうやらスイートスポットをはずされたようだ。重たいストレートはほとんど回転してないので、引力にもろ影響されやすい。とも子のストレートはほんのわずかだが、バッターの手元で引力に負け変化してるのである。
 オレはたった3球でとも子の進化を確認した。これなら桐ケ台高校打線を0点に押さえることができる!!
 しかし、今は練習とは言え、勝負のとき。高めの高速ストレートはとても撃てそうにないし、カーブはほとんど見せダマ。となると、やはり低めのストレートを待つべきか?
 次の打席、今度も低めのストレートを待ってると、狙った通りのタマが来た。今度こそジャストミート。いい手応え!! が、ふつうの外野フライだった。とも子の回転しないストレートは、回転による反発がまったくないうえ、低めによくコントロールされてるので、ジャストミートしてもタマがぜんぜん飛ばないのである。
 結局、だれ1人、とも子からヒットを撃てなかった。
     ※
 下校。とも子とオレは、いつものように北村と一緒にバスに乗り、いつものように名残り惜しそうに北村が途中下車。一方オレはとゆーと、自分が降りるべきバス停で降りず、いつものファミレスにとも子といっしょに入った。で、いつものようにとも子とおしゃべりといきたいのだが、その前にとも子に注意しなくちゃいけないことがあった。
「とも子、バッティングピッチャーの役割、知ってるか?」
 とも子はオレのいつもとは違うトーンの声に驚き、オレの目を見た。
「いつものようにバッターを撃ち取ることだけを考え、投げただろ? あれじゃ、ピッチング練習だよ。
 バッティングピッチャーの役割は、バッターをその気にさせることだよ。バッターを絶望的にさせてどうする? 次バッティングピッチャーをやるときは、バッターのやる気を引き出すように投げないとだめだよ」
 とも子は目で「はい」とうなずいた。真面目な顔も、またかわいいんだよなあ。
 オレは急にキスしたくなり、さっとファミレスを出ると、例の場所でとも子といつものように、いや、いつもより長いキスを交わした。
     ※
 次の日も、とも子を仮想岡崎にしてのバッティング練習。オレはその前に全員を集め、闇雲にバットを振らず、1つの球種にヤマを張り、それを撃つイメージを思い浮かべ、それからバッターボックスに立つように指示した。
 で、1球目。低めの重たいストレート。1番バッターの渡辺は、それにヤマを張ってたらしく、バットに当てることができた。が、ファール。しかし、昨日渡辺はとも子のタマにかすりもしなかったから、これはかなりの進歩である。いいバッティングのイメージ、渡辺はこれをうまく描けたようだ。
 2球目。同じく重たいストレート。が、さっきよりちょっと高い。渡辺はそのボールをバットに当てた。しかし、打球はセカンドの守備範囲のゴロ。
「やったーっ!!」
 と、渡辺は思わずガッツポーズした。むりもない。例え凡ゴロでも、とも子のタマをインフィールドに撃ち返すなんて、今の渡辺にはほとんど奇跡だ。それができたんだから、渡辺のうれしさはひとしおだろう。もちろん、今のとも子のタマは若干あまかった。たぶん意識的にあまいタマを投げたんだと思う。
 次のバッター大空にも、4球目にあまいタマが来た。その打球も内野ゴロだったが、それでも大空は、渡辺同様何かを掴んだようだ。こうしてオレを除くレギュラー全員が、インフィールドに1つか2つ、ボールを飛ばすことができた。正直ヒット性の当たりは1つもなかったが、それでも全員満足できたようだ。
 みんな、頭の中でいいイメージを描けたようだ。もちろん、とも子の微妙な計算もあった。もしとも子がもっとあまいタマを投げ、みんながヒット性の当たりを撃ってたら、とも子の手心がばれ、みんながしらけてたと思う。内野ゴロ程度の当たりだったからこそ、とも子の意図にだれも気づかなかった。しかも、内野ゴロ程度の当たりだと、次はもっといい打球を飛ばそうと努力し、工夫しようとする。そう、向上心を育てるのである。
 人心までコントロールしてしまうとは、とも子、キミはなんてすごいエースなんだ。しかし、オレのときだけあまいタマを混ぜないなんて、ふふ、憎たらしいやつだ。
 毎日毎日とも子のタマを撃ってるうち、みんな、徐々にヒットを撃てるようになり、桐ケ台高校と激突する前日になって、ついに全員とも子からヒットを撃てるようになった。もちろん、すべてがとも子の術中だった。